研究ブログ

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ゲノム編集による食用作物育種の消費者受容性

          ゲノム編集による食用作物育種は消費者に受け入れられるか

 
ゲノム編集による作物育種の研究論文はほとんど内在遺伝子を破壊するものだ。研究者が述べる理由は、結果からみると従来育種と変わらないし、またGMO規制対象外となると見込まれる、さらに外来遺伝子がないので消費者の懸念を呼ばないだろうというものだ。一方、いくつかの市民団体(特に欧州)はこのような外来遺伝子のない作物も遺伝子改変しているのだから全て規制対象にし、追跡や表示義務化せよと要求している
  
振り返ると、これまでのGMOの論点から、外来遺伝子がないからと言ってゲノム編集作物がすぐに一般の人々に受け入れられるとは現状考えにくい。ではどうすればいいか。消費者が受け入れやすいと思われるゲノム編集育種の研究例、国際的な規制対応状況をふまえ、ゲノム編集をへて開発された食用作物が受けいられるための提案をいくつか行う

  我が国をみると、このような議論はかなり遅れているといわざるを得ない。ゲノム編集が食卓に影響を及ぼすのは時間の問題だろう。消費者と研究者が衝突ではなく、対話を行ない、建設的な方向性を見出すべきである。国は本腰をあげて対話を育みつつ、現状の規制が妥当なのか、あるいは見直しが必要なのか精査する必要がある。

論文名: Consumer acceptance of food crops developed by genome editing
著者:Tetsuya Ishii, Motoko Araki
掲載誌: Plant Cell Reports
http://link.springer.com/article/10.1007/s00299-016-1974-2/fulltext.html

 

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体細胞ゲノム編集治療に関する論文を発表


体細胞ゲノム編集治療はすでに臨床応用が進んでいるが、リスクをどう評価し、患者に説明すべきか

目下、ゲノム編集という先端遺伝子工学はすでに臨床応用段階に到達している。米国ではZFNCCR5を破壊したT細胞をエイズ患者に投与した臨床試験で安全性が確認されているが、一方、ゲノム編集のオフターゲット効果の評価方法は未だコンセンサスがありません。今後、世界的に多くの臨床試験が進むとみられますが、過去の遺伝子治療臨床試験で副作用による被験者死亡という教訓をふまえ、ベネフィットのみならず、リスクをどう評価し、患者に説明するか統一した見解を作る時期にきているのではないでしょうか。ゲノム編集のリスクをどうとらえ、どのような評価をすべきか検討しました。

 

Exvivo somatic editing, in vivo somatic editing, in vitro germline editingを比較すると、Ex vivo somatic editingが研究の進展状況、医療コンセプトを考えると現在最も有望であり、今後急速に臨床試験が増え、現実的な医療に発展すると考える。

・つまり、投与細胞のリスクが評価されていれば、適切なリスク情報を提供した上で患者同意をとることができるし、また、オフターゲット変異が発見されたなら、投与を中止すればよい(iPS由来網膜移植の臨床研究における2例目で同様事例があった)。
・受精卵編集もオフターゲット変異があれば子宮移植をやめることができるが、この場合数個のバイオプシーした胚細胞に遺伝的解析が依存するため、正確な評価は現状困難であり、また生殖細胞系遺伝的改変固有の倫理的問題が大きいため、今推奨できるものではない。
In vivo editingは、患者全身における効果の評価が困難である。人工のヌクレアーゼを人体に導入するという前代未聞の医療であることに留意しなければならない。

・ゲノム編集の過程で全く企図していない部位にDNA鎖の切断(オフターゲット効果)を生み、それらはオフターゲット変異、Indelといった小さな変異や、レアだが染色体レベルの巨大な異常にもつながりうることが最近明らかになってきた。

・ゲノム編集酵素を設計する際、細胞株を使い、特異性の検証は行われている。だが、その方法はさまざまあり、現在最も精度が高いのはWhole genome profilingと呼ばれるものである。しかし、それも、Digenome-seqGuide-seqなど方法論があり、研究コミュニティでコンセンサスはない。

・私たちは、医療応用に際しては、ゲノム編集酵素の設計時のWhole genome profilingによる特異性検証のみならず、臨床ケースが許す限り、投与細胞のオフターゲット変異の解析は、適正なコンセントをとるためには必須であると考える。

・臨床応用の場合、ゲノム編集酵素は患者のゲノム情報(SNPも含む)を考慮しつつ設計し、改変細胞はWhole exome-seqなど、合理と考えられる方法で厳格にリスクを評価すべきだ。

・最後に、西欧初の遺伝子治療製剤Glyberaが推定薬価、患者あたり1億円と目されることを考えると、将来、コストとアクセスの問題がゲノム編集医療にも生じるだろう。ゲノム編集医療の在り方を社会的に議論する時期を迎えつつある。今後大いに検討すべきだ。


発表論文(3月10日までフリーアクセスです)
Motoko Araki and Tetsuya Ishii
Providing Appropriate Risk Information on Genome Editing for Patients.
Trends in Biotechnology 34, p86–90, February 2016
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生殖細胞系ゲノム編集の新しい論文を発表


         クリニックで生殖細胞系ゲノム編集が行われる際、その目的は何か

NHKドラマ:デザイナーベイビーでゲノム編集は遺伝病予防のために行われました。もし遺伝病を起こす遺伝子変異が親から子へ非常に高い確率で遺伝すると予想される場合、着床前胚診断(PGD)よりもゲノム編集が妥当と判断されることも考えられます。しかし、より直接的な目的とである、「個別化生殖補助医療」の方があり得るのではないか。生殖補助医療で子を授かる割合は治療回数の2,3割に留まります。親の遺伝的背景が原因の不妊の場合に、患者個別にゲノム編集で不妊に関与するSNPなどを変え、生殖補助医療の成功率を高める:この目的は、臨床的に説得力があり、生殖補助医療関係者が取り組む動機を与えると考えられます。一方、このような高度生殖補助医療はコスト増大となり、「生殖の格差」が拡大することが懸念されます。
 一方、ゲノム編集をクリニックに持ち込んだ場合、それは医療目的のみならず、社会的目的で行われる恐れもあります。実際、受精卵への侵襲を伴うPGDを、遺伝病予防のためではなく、単なる性選別目的で提供している国があります。今回の論文では、ゲノム編集の誤用として子の外観、目、髪、皮膚の色を親の希望のとおりに変える可能性を論じてます。しかし、私はそれは到底、正当化できるものではないと結論しました。
 生殖細胞系ゲノム編集を生殖補助医療の一形態ととらえたとき、世界の中で生殖補助医療の規制対応が遅れている日本の現状を考えるとTVドラマではなく、現実の問題としての重大性を認識せざるをえません。しかし、仮に法的規制ができても、社会的議論が不十分なら、好ましくない医療ツーリズムに日本の人々が巻き込まれる恐れがあります。今、最も重要なのは一般の人々の間で家族形成、そして生殖の意味合いに関して議論を十分に深めることではないでしょうか。その議論は生殖細胞系ゲノム編集のみならず、生殖補助医療全般も考慮する必要があります。

発表論文(フリーアクセスです!)
 T.Ishii.
  Germ line genome editing in clinics: the approaches, objectives and global society.
  Briefings in Functional Genomics (2015) doi: 10.1093/bfgp/elv053
  
First published online: November 27, 2015
 http://bfg.oxfordjournals.org/content/early/2015/11/27/bfgp.elv053.abstract
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Nature CRISPR 特集記事に取材協力

Nature特集 「CRISPR赤ちゃんが初めて生まれる国はどこか」 
に私たちの論文の図が引用されました。


2015年10月13日 Web公開のHeidi Ledford記者による首記特集記事取材協力し、私たちの論文の図が掲載されました。生殖細胞系ゲノム編集を生殖補助医療の一形態ととらえたとき、世界の中で日本は規制対応が十分ではないですし、仮に法的規制ができても、社会的議論が不十分でなければ好ましくない医療ツーリズムに日本の人々が巻き込まれる恐れがあります。今、重要なのは一般の人々の間で議論を十分に深めることではないでしょうか。その議論は生殖細胞系ゲノム編集のみならず、生殖補助医療全般も考慮する必要があります。

Nature: Where in the world could the first CRISPR baby be born?
http://www.nature.com/news/where-in-the-world-could-the-first-crispr-baby-be-born-1.18542?WT.mc_id=TWT_NatureNews


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北海道政経懇話会で講演します。


北海道政経懇話会(代表幹事・広瀬兼三北海道新聞社社長)において講演します。

日時・場所
9月24日正午
札幌東急REIホテル(札幌市中央区南4西5)
演題「植物、動物、ヒトをデザインするゲノム編集を考える」

詳細は以下のHPをご覧ください。
http://kk.hokkaido-np.co.jp/news/201508.html
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生殖細胞系ゲノム編集の論文がジャーナルのFeatured articleに選出


Cell pressのTrends in Molecular Medicineにて発表した、生殖細胞系ゲノム編集の論文がジャーナルのFeatured articleに選出されました。

2015年9月23日までアクセスフリーです。
Germline genome-editing research and its socioethical implications.
Tetsuya Ishii
http://www.cell.com/trends/molecular-medicine/current

哺乳類での受精卵や、精子幹細胞、卵子のゲノム編集の進展を踏まえて、
どのような医療応用が考えられるのか、その倫理的、法的、社会的問題は
どこにあるのか論じました。

ご意見などどうぞよろしくお願いします。
石井哲也
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生殖細胞系ゲノム編集の国際会議


生殖細胞系ゲノム編集の倫理の国際会議は米国のみならず欧州でも


今年、全米アカデミーが生殖細胞系のゲノム編集の倫理についての国際会議をもつ。同様の動きは欧州でもでてきた。オランダ政府諮問機関、Health Councilは、今年、「Genome on demand」と題した国際会議を開く。小生はアムステルダムでの会議にて講演する予定。我が国でも内閣府生命倫理調査会が本件、調査中だが、調査なのかコンセンサス会議なのか目的が不明瞭だ。今のわが国ではむしろ一般の人々での議論をより活性化することが重要と思い、毎日新聞7月16日朝刊に寄稿した。

「Genome on demand」
http://www.cogem.net/index.cfm/en/news/item/announcement-symposium-genome-on-demand-exploring-the-implications-of-human-genome-editing

発言:「ゲノム編集」妥当性議論を=石井哲也・北海道大学教授

毎日新聞 2015年07月16日 東京朝刊
http://mainichi.jp/shimen/news/20150716ddm004070009000c.html

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生殖細胞系ゲノム編集の倫理に関する論文

生殖細胞系ゲノム編集の倫理に関心をお持ちの方へ


今年になって、世界的な(アメリカだけ?)議論ととなっている生殖細胞系のゲノム編集の是非ですが、その倫理を扱う論文が徐々に出てきました。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のHPに論文がアーカイブされてますので、ご覧ください。小生のTrends in Molecular Medicineで発表した論文も収録されてます。

Centers for Disease Control and Prevention
Genome Editing: Scientific and Ethical Issues - June 18, 2015.
http://www.cdc.gov/genomics/public/features/therapy.htm

小生の論文:Germline genome-editing research and its socioethical implications.
掲載誌:August, 2015. Trends in Molecular Medicine (Cell Press)
リンク: http://www.cell.com/trends/molecular-medicine/abstract/S1471-4914(15)00107-0
プレスリリース:http://www.hokudai.ac.jp/news/150615_genome_pr.pdf
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論文発表:生殖細胞系ゲノム編集研究の倫理的、社会的意味

生殖細胞系ゲノム編集研究の生命倫理に関する論文を発表
感情的にとらえず、正当な医学的目的があるのか議論すべきだ

近年,世界的に普及したゲノム編集技術は標的遺伝子の高効率改変を可能としました。一方,今年4 月,ヒト受精卵のゲノム編集論文が発表されると,将来世代に及ぼす健康被害や医療目的外への濫用の懸念が世界的に生じました。ホワイトハウスも拙速な臨床応用を慎むよう声明発表しました。今、生殖細胞系の遺伝的改変を行う医療の是非の議論に先立ち,研究動向,現行規制,関連事例をふまえた上での生命倫理上の論点提示が重要となっています。
 昨年,私たちはヒト生殖細胞系ゲノム編集研究を想定し,関連規制上の課題を見出しました。今回,哺乳類におけるゲノム編集研究を詳細に分析したところ,受精卵,精子幹細胞,卵子を対象として,マウスのほか,中~大型動物を用いた遺伝的改変が行われており,現在は標的部位以外への変異導入などの技術課題はあるものの,近い将来,臨床応用水準に到達すると推定しました。ヒト受精卵作製を伴う研究規制を確認したところ,日本を含め,いくつかの国は規制下で認可していました。生殖細胞系ゲノム編集研究の正当性について,着床前診断や今年英国で規制案が承認された卵子間ないしは受精卵での核移植によるミトコンドリア置換などを考慮して論点整理しました。その結果,重篤な遺伝子疾患の子への遺伝予防を目的としたゲノム編集研究に一定の正当性は認められました。一方で,受精卵の倫理的地位の見方,出生子の尊厳の確保が今後の重要な論点と考えられます。

論文名:Germline genome-editing research and its socioethical implications.
掲載誌:August, 2015. Trends in Molecular Medicine (Cell Press)
リンク: http://www.cell.com/trends/molecular-medicine/abstract/S1471-4914(15)00107-0
プレスリリース:http://www.hokudai.ac.jp/news/150615_genome_pr.pdf
新聞掲載:2015/06/13 16:18   【共同通信】 
   http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061301001476.html その他。


ゲノム編集の安全性の更なる向上が予想される今,一般の人々も含めた広範な議論を開始すべきでしょう。北海道大学では、サイエンスカフェを通じて昨年から一般の人々の議論の場を設けてます。以下のリンクから参加者アンケートの集計を見ることができます。
http://costep.hucc.hokudai.ac.jp/costep/contents/article/1355/

皆さんのお考えをお聞かせください。
tishii@general.hokudai.ac.jp
twitter: @TetsuyaIshii    

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ヒト胚ゲノム編集論文の意味するところ


中国発のヒト胚ゲノム編集論文は大きな議論を呼んでいるが、冷静に考えるべきことがある。

Liangらによるヒト胚ゲノム編集論文が4月18日にProtein & Cell 誌に発表された。内容は、不妊治療で生じた異常受精胚(不妊治療におけるIVFでpolyspermyにより3前核となったもの、医療には使わない)を用いて、Cas9でHDRによるβグロビン遺伝子の異常修復可能性を調べたものである。結果としては、修復の効率は低く、また、オフターゲット変異や、モザイク(1cellで改変したので卵割が進んだ後もすべての割球が改変されているはずだが、タイミングなどを逸すると改変された割球と変異が残ったままの割球が共存した状態となる)などの問題点があるというものである。これを受けて、まだ臨床応用は早いとみる報道もある。しかし、Cas9はgRNAの緻密な設計が必要であり、また異常受精胚に起因する部分も大きいであろう。サルでの実験結果などをみるに、ゲノム編集による生殖細胞系の改変は臨床応用には程遠いとはまだ断定しがたい。今後の続報を注目していく必要がある。
一方、このような研究は倫理的でないという報道もある。しかし、Liangらは、研究のためにヒト胚を作製したわけではないし、倫理委員会の承認、また、今後医療に使わない異常受精胚の入手においては患者からの同意も得ており、彼らの研究は手続き上ルール違反はない。この点については、Nature最新号にてコメントした。冷静に論じるべきことは、この研究が倫理的、社会的に何を意味するのかであろう。
かつて、生殖細胞系の遺伝的改変は好意的にみる論者は「生殖細胞系遺伝子治療」と呼び、正当性を唱道した。しかし、胚の段階で、遺伝子異常に起因する疾患を発症した「患者」とみるのは不適切に思う。私はむしろ、出生後の疾患発症を予防する医療という見方をしている。生殖細胞系のゲノム編集の一つ考えられる大義は予防医療であろう。しかしながら、この将来の患者を生まない医療は、小規模での実施だとしても、ある種の優生学的側面を醸しているように感じられるのだが、どうだろうか。もちろんかつてのような国家主導の優生学とは異なるのだが、私たちの生殖観にひずみを生みかねない。

中国グループの論文
Liang, P.et al. Protein Cellhttp://dx.doi.org/10.1007/s13238-015-0153-5 (2015).

Nature News in Focus
Cyranoski, D., Reardon, S. Nature.594 http://www.nature.com/news/embryo-editing-sparks-epic-debate-1.17421

私たちの関連論文
Araki M.,and Ishii,T.  Reproductive Biology and Endocrinology 2014, 12:108  doi:10.1186/1477-7827-12-108 *オープンアクセス
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