基本情報

所属
The Scripps Research Institute (San Diego, USA) Baran group Postdoctoral Associate
学位
博士(薬科学)(2017年 京都大学)

連絡先
hughnscripps.edu
ORCID ID
 https://orcid.org/0000-0001-5475-7883
J-GLOBAL ID
201801017367249909

外部リンク

[My CV is here]  CV.pdf

[My Research Summary]  Research Summary_20200204_Hugh Nakamura.pdf

 

中村斐有(1990年2月4日 - )は日本のプロケミスト[1]。薬科学博士(京都大学)。米国スクリプス研究所所属。カルフォルニア州出身。Caprazamycin, caprazol, CPZEN-45, teleocidin B4, indolactam, taxolなど数々の難関天然物の化学全合成を20代で達成した日本屈指の合成化学者。第1回 Hong Kong Forum for Outstanding Young Scholars, 第13回 次世代を担う有機化学シンポジウム(優秀発表賞), 第6回 大津会議アワードフェロー , 第31回 有機合成化学セミナー(最優秀ポスター賞), 第134回 日本薬学会年会(優秀発表賞), 日本学術振興会海外特別研究員, 日本学術振興会特別研究員 (DC1), 日本学生支援機構第一種奨学金 など受賞歴, 奨学金多数。「圧倒的なスピードと抜群のフィニッシュ能力を兼ね備えたエゴイストモンスター」との呼び声が高い。

 

[生い立ち] 単位を落としたことがきっかけで、大学時代に独学で有機化学を習得。単位を与えなかった西山繁先生を恩師とし、感謝しているという。内部進学であったことから入学当初は授業にほとんどついていけず、テストでは何を問われているのかも分からないレベルであった[2]。その後、学生実験で見ているだけで良いと先生に蔑まれ、一念発起。有機化学だけ猛烈に勉強を開始。すぐに学年トップに躍り出る。体育会での活動に専念していたため、まとまった時間はとれず、主な勉強時間は通学の電車でだった。友人からの誘いは全て断り、化学の習得を強力に推し進めた。一方で、有機化学以外は全く勉強していなかったため、同大学院へは推薦されずユースチームへの昇格は果たせなかった。
 その後、京都に拠点を移し才能が開花。すぐに頭角を現し、即スタメン。1年生ながらレギュラーに定着。驚異的な体力から繰り出される規格外れのスピードによって、わずか2年で当時の最難関天然物Caprazamicin Aの化学全合成を世界に先駆け達成し注目される[3]。当時の平均睡眠時間は2時間。時間がもったいないとの考えから、洗濯・炊事などの家事は一切せず、食事は生協、衣類はコンビニで新品を毎日購入していた。あまりのハードワークにより倒れ、病院で脳梗塞と誤診されたこともあった。実験に集中するため大学院生時代の5年間は一度も実家に帰らなかったという[4]。その後、国内で数々のタイトルを獲得し、カルフォルニアでの国際学会で世界屈指の全合成研究を展開するPhil Baranに自らの研究を売り込み、直接ポスドクを打診、その場で認めさせる。翌年米国Scripps研究所と2年契約を結び、単身渡米プロデビュー[5]。

 

[プロキャリア] 渡米後、フィジカルの重要性をPhil. Baranに叩き込まれ再認識。ウエイトトレーニングの本場ロサンゼルスにあるGold Gymなどの視察を行い、北米最先端のトレーニングをいち早く取り入れたことで知られる[6]。その後、ベンチプレス102.5 kg, 1500m走 4'30s をマークし、順調な仕上がりを首脳陣にアピール。サンディエゴではたびたび軍人に間違われる程であった[7]。米国内でも自身の強さは圧倒的なスピードであると語っており、とにかく早い。Scripps入団当初は自身のスポンサーが日本国内にあったことからもリザーブとしての起用が多く、テーマも与えられず監督に見向きもされない時間が続いた。トップラボの厳しさを痛感する中、あるとき癌研究領域においてプロテインキナーゼC(PKC)を強力に活性化することで重宝されるTeleocidin B類が極めて短工程かつ効率的に化学合成できる可能性に気づき、プロジェクト開始を説得するため監督のオフィスに通いつめた[8]。始めの数ヶ月は話も聞いてもらえなかったが、あまりのしつこさに監督も痺れを切らし、研究の許可を得ることに成功[9]。しかしながら全合成を達成するまでは、ほとんど相手にされなかったと後述している[10]。またこのシーズンは6人ものポスドク・院生が構想外となり次々とラボを去っていく厳しい状況下、いつ自身が切られてもおかしくない日々が続いた。そんなプレッシャーの中わずか半年で抗癌剤物質Teleocidin Bの完全化学全合成を達成し、圧倒的なスピードを見せ付け指揮官の信頼を獲得[11]。各国の代表クラスとの熾烈なポジション争いを勝ち抜きスタメンに定着した。求められることが日本とは全く違うと痛感したという。このセンセーショナルなデビューは多くのソーシャルメディアで取り上げられ、一気にスターダムに駆け上がった[12]。全合成達成後は、投稿に向け毎日のように監督が自身のオフィスに訪れるようになり、化学に対する真摯な熱意と執着心に大きな感銘を受けたとされ、敬意と感謝を表している[13]。その後、京都大学、東京大学などを含む5つの研究機関からオファーが殺到し争奪戦となったが、Phil. Baranに契約延長を打診されサイン。移籍期限ぎりぎりで2019-2020年シーズンの残留が発表された[14]。

 

[プレースタイル] 上述のように驚異的な体力から繰り出されるフィジカルプレーに目が行きがちであるが、しばしばそれに勝るとも劣らない大胆かつ繊細な合成戦術を用いることで知られる[15]。間違いなく日本人では抜きん出た実力の合成化学者。アジア系としては珍しい驚異的なフィニッシュ能力と、高い新規性を武器とすることから、次世代型ハイブリッドアタッカーとして名高い。徹底的に自分を追い込む実験スタイルを敢行することで知られる。本人も全合成は命懸けでやっていると語っている。これは自身が小中高大と取り組んだアイスホッケーに大きく影響されていると語っており、特に高校・大学時代の7年間にU20男子日本代表監督、全日本女子代表監督、平昌五輪日本代表監督を歴任した信田憲司氏[16]の指導を受けたことがその後の人格形成に大きく影響したと言う。競技の枠を超えてどの組織に行っても通用する指導方針に感銘を受けたという[17]。天然物の合成に異常なまでの執着心をもち、特に合成終盤に滅法強いことから、フィニッシャーを任されることが多い[18]。プレッシャーのかかる局面で異常な勝負強さを誇る反面しばしばそのエゴイスティックなやり方が批判の対象となることがあり、セルフィッシュな態度がたびたび指摘されている。これに対し本人は「自分が天然物を求めているのではない、天然物が自分を求めている」と語っている[19]。


論文

  12

MISC

  2

書籍等出版物

  1
  • Hugh Nakamura, Chihiro Tsukano, Yoshiji Takemoto(担当:分担執筆, 範囲:新規中分子医薬品シード創製を指向した脂肪酸を持つリポヌクレオシド系天然物の全合成)
    シーエムシー出版  2020年3月15日