研究ブログ

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微細緑藻イカダモ(Scenedesmus sp.)のにおいセンシング培養法の開発に向けた嗅覚官能評価,におい物質の同定,およびQCM型e-noseニオイセンサーの基礎的検討

小山玲音1,出村幹英1*,橋詰賢一2,関根あゆ美2,佐藤克久3,上村智子3,笹川智史1,上野 大介1,4*

1佐賀大学大学院農学研究科,2株式会社アロマビット,3西川計測株式会社

2022

におい・かおり環境学会誌,

53,

345-356,

https://doi.org/10.2171/jao.53.345

 

要旨

本グループでは,微細藻類が発する“におい”を利用した新しい培養技術“においセンシング培養(Odor Sensing Cultivation:OSC)”の開発を進めている.本研究では国産の新しい農作物として期待されている緑藻イカダモ(Scenedesmus sp.)を対象として,嗅覚官能評価,におい物質同定,e-noseニオイセンサー分析を通じ,OSC実用化に向けた基礎的データの蓄積を目的とした.イカダモ培養液の嗅覚官能評価の結果,におい強度は2.1(何かわかる程度の強さ)であり,においの印象は“お茶,甘い,生臭い”というものであった.該当のにおい物質を化学分析に供試したところ,1-ノナナール, 2-ウンデセナール,α-,β-イオノンが同定され,また酢酸が仮同定された.QCM型e-noseニオイセンサー分析に供試した結果を主成分分析で解析したところ,イカダモ培養液と対照区培養液のにおいは,寄与率の高い5種のQCM型検出素子によって判別が可能であった.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1. 背景
近年、微細藻類の再生可能エネルギーに関する様々な取り組みが進められており、とくにバイオ燃料を生産するための研究が精力的になされてきた.その一方で,多くの微細藻類は乾燥体で50%近くのタンパク質を含んでおり,栄養豊かな食品として活用できることも明らかとなっている.本研究グループでは微細藻類を“新しい工業素材”・“新しい農作物”として位置づけており,微細藻類の培養を広く普及させていくことを目指している.微細藻類の培養を広く普及させるには,増殖状態や収穫時期などを,簡易かつ客観的に判断できる技術が求められる.一方で,生産現場においては,培養状況(増殖の程度だけでなく,細胞の生育状況や健康状態の変化,バクテリアの混入,目的外の他種微細藻類の混入など)を包括的かつ簡易的に把握する技術が求められるが,このような総合的な培養状況の把握には顕微鏡や各種センサー(クロロフィル計,濁度計,パーティクルカウンター等)のような高価な装置と,それらを取り扱う技術,またデータを読み解く専門的知識が必要とされてきた.
そのような中,本研究グループでは日ごろの培養作業の中で,微細藻類が増殖の段階に応じて“特徴的なにおい(匂い,臭い,香気:以後,におい)”を発していることに気がついた.微細藻類の培養状態に応じた特徴的なにおいとそれらに関連する物質(以後,におい物質)を把握し,簡易に計測できるようになれば,においを利用した培養管理が可能になる.本研究グループでは微細藻類が発する“におい”を利用した新しい培養技術を“においセンシング培養(Odor Sensing Cultivation:OSC)”と名付けた.将来的なOSC技術の発展に向け,微細藻類から発せられるにおい物質を同定し,においの変化を科学的に解明することが求められる.
本研究ではOSC技術の開発に向け,微細藻類の中からイカダモ(Scenedesmus)に着目した.イカダモは,近年,藻類バイオマス生産性の高さも注目される微細藻類である2, 3).イカダモは世界的に分布する植物プランクトンで,培養が比較的容易であり,またタンパク質を40%以上含有することから食品や家畜飼料としての利用が期待されている微細藻類である1).加えてイカダモはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの高付加価値脂肪酸を生産することが明らかとなり,サプリメントや医薬品としての利用も進められている2, 3).従ってイカダモは“国産の新しい農作物”として有望であり,本研究で手始めに取り組む素材として最適であると考え,優先的に着手した.
本研究ではイカダモ培養液を対象とし,嗅覚官能評価,それに関与するにおい物質の同定,QCM型e-noseニオイセンサー分析に取り組み,OSCの実用化に向けた基礎的データの蓄積を目的とした.

 

 

2. 試料と方法
2.1 イカダモの培養法
 本研究で用いたイカダモは,2017年6月15日に佐賀県佐賀市高木瀬町の平尾四丁目池より単離し,クローン化したScenedesmus sp.培養株(株名:dSgSce-b)である.本種の属名は廣瀬(1977)に従って同定し26),詳細は既報で報告済みである2, 3).培養は佐賀大学内佐賀市立さが藻類産業研究開発センターの培養室において行った.10 Lのポリカーボネート製ボトルに8 Lの培地(ハイポネックス原液を1000倍希釈,株式会社ハイポネックスジャパン,大阪)を入れ,培養条件は,温度25℃,光量子束密度約100 μmol/m2/s,二酸化炭素を5%含んだ空気を150 mL/minで通気させた.スタート時に,同条件で250 mLのフラスコで培養したイカダモ培養液を添加した.スタート時に添加したイカダモ培養液は,国立環境研究所微生物系統保存施設推奨の無菌検査27)を行い,バクテリアの混入がないことを確認した.また培養状況の確認の際は,10 Lボトルごとクリーンベンチに持ち込み、サンプリングを行った.対照区として培地のみのボトルをイカダモ試料と同様に処理をした.
上記条件で2020年11月,2021年7月,8月,2022年4月に,イカダモ培養区3試料と対照区1試料を1バッチとして4反復培養した.培養液のクロロフィル蛍光値を携帯型クロロフィル蛍光測定器(AquaPen-C:Photon Systems Instruments,ドラーソフ, Czech Republic)で定期的に計測し,既報3)に基づき増殖についてモニターした.既報3)で,培養液中の微細藻類存在量とクロロフィル蛍光値の間に正の相関があることが確かめられているため,本研究では,クロロフィル蛍光値を増殖の指標とした.予備実験により3週目で細胞増殖が定常期に入ることが明らかとなっており,3週目の試料を各種分析に供試した.

イカダモ培養

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3. 結果および考察
嗅覚官能評価
本研究では最もにおいが強いと予想された定常期(3週目)の培養液を嗅覚官能評価に供試した.イカダモの培養液を対象として“におい強度”を評価したところ,“何かわかる程度の強さ”である2.1(範囲:1~3)であった(対照区培養液は0.6:ほぼ無臭).イカダモ培養液のにおいの印象は,もっとも高頻度(約60%)であったのが“お茶・草刈り”であった(図-2).続いて,“甘い・甘酸っぱい”が約50%,“生臭い・消毒”が約20%,“その他”が約10%であった.これまでも特定の微細藻類が悪臭物質(ボルネオールやジェオスミン)を発することにより水道水の異臭問題が引き起こされていることは知られているが6-8),イカダモに特徴的なにおいがあることを示したのは本報告が初である.結果として,イカダモの発する特徴的なにおいの印象は“お茶,草刈り,甘い,甘酸っぱい,生臭い”というものであり,続くGC-O分析ではこれらにおいをターゲットとして分析を進めることとした.

イカダモの匂いの印象

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.3 におい物質の同定
イカダモ培養液のアロマグラムを図に示した.GC-O/FID(DB5)分析では12か所からOAが感知され(対照区培養液で感知されたOAは除外済み),とくに5か所から再現性の高いOAが感知された.それら5か所のOA(OA-1,-2,-3,-4,-5)におけるにおいの印象は,それぞれ甘い,草・生臭い,草・生臭い,甘い,甘い,というものであり,上述した嗅覚試験で得られたにおいの印象である“お茶,草刈り,甘い,生臭い”とおおよそで一致した.本研究ではこれら5つのOAをイカダモの特徴的なOAととらえ,物質同定の対象とした.

イカダモのにおい嗅ぎガスクロマトグラフィー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC-O/FID分析で嗅覚感知されたOAをそのままの濃度でGC-MS分析に供試しても,明瞭なマススペクトルを得ることはほぼ不可能である.そこでGC-FをもちいてOAを再び分取・濃縮し,単離分画をGC-MS(WAX)分析(EIモード)に供試した.GC-MS(WAX)分析で得られたマスクロマトグラムをAromaOfficeアロマサーチに供試し,GC-O/FID(WAX)分析で得られたRIと同等の保持時間に見られるピークを検索した.

Fr-OA-2,-3,-4,-5はそれぞれ,1-ノナナール, 2-ウンデセナール,α-イオノン,β-イオノンと同定された.2-ウンデセナールは標準物質が入手不可であったため,ArochemBaseクロスサーチおよびAromaOfficeアロマサーチのみでの確認となったため仮同定となった.標準物質が得られた1-ノナナール,α-イオノン,β-イオノンを等量混合して10名のパネルによって嗅覚官能評価に供試したところ,全パネルからイカダモのにおいに近い印象であるとの回答が得られ,これら4物質は妥当であると判断された.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.4 VOCsの網羅的分析
 上述したOASISによる物質同定では,特徴的なにおいをもつ物質に着目して物質同定を進めている.従って嗅覚閾値が高い(GC-Oでパネルが感知できなかった)物質は,たとえ高濃度であっても同定できない.そこでイカダモが放出しているVOCsを幅広く検出するため,本研究では網羅的分析手法を試みた.
イカダモ培養液(3週目)のヘッドスペースにMonoTrapを投入してVOCsを捕集し,GC-MS(WAX)をもちいたスキャン(EI)分析に供試した.得られたマスクロマトグラムをAromaOfficeアロマサーチに供試したところ,11物質が仮同定された(表-1).同一試料のGC-O/FID(WAX)分析で得られたにおいの印象を統合した.その結果,1-ノナナール,酢酸,2-ウンデセナールのRIと重なり,それらのにおいの印象もデータベースと一致した.

イカダモVOCs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4. まとめ
 新しい農作物として期待されている微細藻類イカダモ(Scenedesmus sp.培養株)を対象として,本種が発するにおいを利用した培養技術“においセンシング培養(Odor Sensing Cultivation:OSC)”の開発に取り組んでいる.本研究ではニオイセンサーの基礎的検討として,イカダモ培養液と対照区培養液を判別するに留まったが,将来的には培養状況(増殖の程度だけでなく,細胞の生育状況や健康状態など)を総合的かつ簡易的に把握する技術が求められる.

微細藻類の大量培養現場では,バクテリアや他種微細藻類の混入増殖(現場では「コンタミ」と呼ばれる)が問題になっている.それらコンタミトラブルを早期発見する技術の確立に向け,イカダモ培養液にバクテリアや他の微細藻類を添加したコンタミ区における“においの変化”も明らかにする必要がある.


これら基礎検討を通じてOSC技術を確立することができれば,バイオマス生産工程の効率化による人的・設備的コストの抑制が可能となり,国産の新しい工業素材・農作物としての普及を推進する技術になりうると期待される.

 

 

 

 

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貯蔵臭をもつウンシュウミカンの選別法開発(第1報)-可食部における貯蔵臭物質の同定-.

笹川智史1,古藤田信博1,2*,田中義樹3,池田繁成3,松元篤史3,佐藤克久4,上村智子4,小山玲音1,上野 大介1,2*
1佐賀大学大学院農学研究科,2鹿児島大学連合農学研究科,3佐賀県上場営農センター,4西川計測株式会社

(2022)

におい・かおり環境学会誌,

53,

357-365,

https://doi.org/10.2171/jao.53.357

 

要旨

ウンシュウミカンの“貯蔵臭”による品質低下が問題とされている.貯蔵臭とは“長期貯蔵”されたカンキツ類から感じる食品異臭(オフフレーバー)とされているが,その詳細は明らかとなっていない.本研究では貯蔵臭をもつウンシュウミカンの選別法開発に向け,嗅覚官能評価によって貯蔵臭を定義すること,貯蔵臭物質を同定することを目的とした.常温および低温で長期貯蔵されたウンシュウミカン可食部を対象として嗅覚官能評価に供試した結果,常温区(25℃)と比較して低温区(4℃)において“草のようなにおい”が強まったことから,その印象を貯蔵臭として定義した.倉庫内部の臭気を評価したところ“草のような”においは感知できず,外部からの臭気付着は無いと考えられた.続いて“草のようなにおい”を対象として“におい嗅ぎガスクロマトグラフィー(GC-O)”をもちいて物質同定に取り組んだところ,p-シメネンが貯蔵臭物質として同定された.

 

みかん貯蔵臭

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背景と目的

 ウンシュウミカン(Citrus unshiu Marc.)は日本のカンキツ栽培の中核種であり,令和元年の収穫量は全国では75万トンであった.晩生のウンシュウミカンは初冬に収穫された後に冷蔵庫において“低温貯蔵”され,貯蔵ミカンとして順次出荷される.貯蔵ミカンの出荷は春先のハウスミカンの出荷が始まるまで継続されるが,現状では春先における貯蔵ミカンの量が圧倒的に不足している.その理由として,一般的には長期貯蔵中における果実の劣化・腐敗があげられるが,それらに加えて“貯蔵臭”の発生による品質低下も問題とされている.貯蔵臭とは,長期間貯蔵したカンキツ類に感じる異臭(臭気,悪臭,臭い,匂い,オフフレーバー,以後,におい)であるとされているが,その詳細は明らかとなっていない.
 これまでも貯蔵臭に関する調査は実施されている一方で,貯蔵温度が常温/低温のように一定ではないこと,ミカン試料の品種が異なること,試料がジュース/果実中央空隙/可食部と一律ではないこと,貯蔵臭のにおいの印象が一致しないこと,当時の分析技術に限界があったこと,貯蔵庫の臭気付着が検討されていないこと,などから,本研究で対象としているウンシュウミカンの低温長期貯蔵によって生じる貯蔵臭として直接的に結果を参照できる情報は得られていないのが現状である.
 ウンシュウミカンの貯蔵臭物質を同定できれば,これまで調査されてきた味覚成分と同様に,機器分析による貯蔵臭の定量評価が可能となり,より具体的な貯蔵技術の改良が可能となる.加えて,すでに実用化されている糖度/酸度センサーによる出荷前選別技術と同様に,“e-noseニオイセンサー”を用いた出荷前選別技術の開発に活用できる基礎情報として期待される.
 本研究では貯蔵臭をもつウンシュウミカンの選別法開発に向け,常温および低温(8℃,4℃)で長期貯蔵されたウンシュウミカン可食部を対象として,嗅覚官能評価による貯蔵臭の定義と,貯蔵臭の同定を目的とした.

 

 

試料と方法

 佐賀県上場営農センター内で栽培されているウンシュウミカン(Citrus unshiu Marc.:品種名‘青島’)を2020年および2021 年 11月に収穫した.収穫された果実は1ヶ月間の予措(冷暗所で果実水分を少し減らす作業)の後,12月13日からセンター内の冷蔵庫において,常温区,低温区(8℃区,4℃区)の3つの温度区で保存された.試料は2021年6月(6ヵ月貯蔵),2021年12月(0ヵ月貯蔵),および2022年4月(4ヵ月貯蔵)に冷蔵庫より取り出し,冷蔵状態で佐賀大学まで輸送の後に,常温(25℃),8℃,4℃に設定されたインキュベーターで分析まで保管した.可食部を対象として各種分析に供試した.

 

結果と考察

3.1 嗅覚官能評価
 嗅覚官能評価よる“におい強度順位スコア”を算出した.項目は,2021年6月に生産関係者による嗅覚官能評価で記述された“生臭い”,“甘い”,“酸っぱい”,“草のような”という4つのにおいの印象を対象とした.評価の結果,ウンシュウミカンを低温貯蔵(8℃区と4℃区)することで,“生臭い”においの発生を抑えられると共に,“酸っぱい”においの弱化を抑えられることが示された.一方で,低温貯蔵(4℃区)において“草のような”においが最も強くなることも明らかとなった.本研究では低温貯蔵区(4℃区)で優位に高くなる傾向がみられた“草のような”というにおいの印象を“貯蔵臭”として定義し,続くGC-O分析のターゲットとして分析を進めた.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.2 におい物質の同定
上述した嗅覚官能評価によって,貯蔵臭は低温貯蔵(4℃区)のウンシュウミカンにおける“草のような”というにおいの印象であると定義した.そこで,2021年6月(6ヵ月貯蔵)および2022年4月(4ヵ月貯蔵)における4℃区の試料を対象として,“草のようなにおい”を対象とした貯蔵臭物質の同定に取り組んだ.


均質化したウンシュウミカン可食部をいれたフラスコのヘッドスペースにMonoTrapを投入し,捕集したVOCsをGC-O/FID(DB5)分析に供試した.ウンシュウミカンのクロマトグラムを図-2aに示した.GC-O/FID(DB5)分析では12か所からOAが感知され,対照区(収穫直後の試料)から感知されたOAを除外したところ,1か所のOA(OA-1)が残された.OA-1におけるにおいの印象は“草のような”というものであり,上述した嗅覚官能評価で得られた貯蔵臭である“草のような”というにおいの印象とおおよそ一致した.本研究ではこのOA-1を貯蔵臭ととらえ,物質同定の対象とした.

 

 

 

 

 

 

 

 

 


つづいて,GC-Fを用いてOAを再び分取・濃縮し,単離分画(Fr-OA-1)をGC-MS(WAX)分析(EIモード)に供試した.GC-MS(WAX)分析で得られたマスクロマトグラムをAromaOfficeアロマサーチに供試し,GC-O/FID(WAX)分析で得られたFr-OA-1-1のRIと同等の保持時間に見られるピークを検索した.GC-O/FID(DB5およびWAX)分析で得られたRIとにおいの印象が一致し,かつGC-MS(WAX)分析でえられたRIとマススペクトルが一致する物質を検索したところ,Fr-OA-1-1の候補物質を数物質まで絞り込むことができた.

ミカンの貯蔵臭物質シメネンのマススペクトル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 4. まとめ
 本研究では低温貯蔵区(4℃区)で優位に高くなる傾向がみられた“草のような”というにおいの印象を“貯蔵臭”の一部として定義した.そこで“草のような”においを対象として物質同定に取り組んだところ,p-シメネンが貯蔵臭物質として同定された.これまで機器分析によって調査されてきた味覚成分(糖や酸など)と同様に,貯蔵臭の定量評価による具体的な貯蔵技術の改良が可能となる.さらに将来的には,貯蔵臭のあるウンシュウミカンの出荷前選別技術の実用化に向けて,“e-noseニオイセンサー”の利用を計画している.すでに実用化している糖度/酸度センサーによる出荷前選別を参考として,貯蔵臭に対するe-noseニオイセンサーの技術を確立することができれば,同様の出荷前選別が可能になる.本研究では貯蔵臭としてp-シメネンを同定したが,本物質は貯蔵臭の一部であると想定され,今後もその他の貯蔵臭物質の同定を進めることが求められる.加えて,貯蔵臭の有無を判別できる高感度センサーの選定と,その判定基準の確立も今後の課題である.

 

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におい嗅ぎガスクロマトグラフを用いた和牛の皮膚ガス分析技術の基礎的検討

松本英顕, 江原史雄, 小山玲音, 笹川智史, 原口智和, 宮本英揮, 龍田典子, 上野大介*

(2021)

におい嗅ぎガスクロマトグラフを用いた和牛の皮膚ガス分析技術の基礎的検討

におい・かおり環境学会誌

52, 233-239

https://doi.org/10.2171/jao.52.233

 

要旨

和牛(黒毛和種・繁殖雌牛)のストレス数値化技術として,皮膚ガスをマーカーとして利用する手法に着目した.本研究では基礎的検討として,皮膚ガスのサンプリング手法および分析技術の高度化に取り組んだ.サンプリング手法として,牛に特化したサンプリングデバイスを作製し,固相吸着剤を腰部に近い背部に装着させる手法を開発した.本手法で捕集された皮膚ガスをGC-MS分析に供試したが,特徴的なピークを検出することはできなかった.そこでにおい嗅ぎガスクロマトグラフ(GC-O),ガスクロマトグラフ分取システム(GC-F),およびガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いて分析したところ,黒毛和種の皮膚ガスに特徴的なにおい物質として(E)-3-Octen-2-oneを同定した.本研究は大型畜産動物の皮膚ガスを同定した初めての報告である.将来的に本技術を活用して皮膚ガスとストレスの関係を検証し,パッチテストや嗅覚センサーを用いた非侵襲的なストレス数値化技術の実用化につながることが期待される.

 

背景と目的

和牛は日本の誇る肉用種であり,なかでも黒毛和種は飼育頭数の90%以上を占める重要な品種である.近年の黒毛和種生産現場では施設が大規模化しており,多頭飼育による牛のストレスの増大が問題となっている.とくに繁殖雌牛においては,その飼育期間が長期にわたることもあり(約10年),ストレス過多による生産性の低下,とくに空胎日数(妊娠していない期間)の長期化が問題となってきた.黒毛和種のストレス管理技術の高度化には,ストレスを簡易に計測・数値化できる手法が必須となる.

これまでの牛における“ストレス数値化技術”は,行動解析や血中ストレスホルモンを分析するものが主流であった.しかし,行動解析は長年の経験が必要であり,数値化が困難である.また血中ストレスホルモンは採血(侵襲的手法)が必要なため,畜産動物にストレスを与えることになり,加えて手間や費用もかかる.よってこれら手法は,一般に普及できる手法とは言い難い.

そのような中,ヒトのストレス数値化技術のひとつとして,“皮膚ガス”の利用があげられる.皮膚ガスとは,生物の皮膚から放散する無機および有機の揮発性物質(以後,皮膚ガス物質)のことであり,ヒトの皮膚ガス物質については多くの分析例が報告されている.これまで皮膚ガスを指標としてストレスを判定する技術が報告されており,アンモニアを指標としたパッチテストが商品化されている.

ヒトと同様に,牛もストレスに関連する皮膚ガス物質を放散している可能性は十分に考えられる.牛のストレスに関連する皮膚ガス物質を同定できれば,パッチテストや嗅覚センサーを利用した,非侵襲的かつ簡易なストレス数値化技術を確立できると期待される.一方で,牛のような大型の畜産動物を対処とした皮膚ガスの分析例は皆無であり,皮膚ガスの採取法も含め情報が欠落している.牛を対象として皮膚ガス物質を同定するためには,大型動物に対応した捕集法や化学分析法など,基礎的な技術の高度化が求められる.

本研究では,皮膚ガスを用いた黒毛和種のストレス数値化技術の基礎的検討として,本種を対象とした皮膚ガスサンプリング手法の開発,およびにおい物質同定システムを利用した皮膚ガス物質の同定を目的とした.

 

試料と方法

被験体とした和牛は,佐賀大学アグリ創生教育研究センター(附属農場)で飼育している黒毛和種(繁殖雌牛,4齢,1頭)を対象とした.黒毛和種の皮膚ガスを採取するための捕集容器(サンプリングデバイス)は,2枚のフッ素樹脂シャーレを加工して作成した.におい物質の分析は既報に従った.

和牛 皮膚ガス MonoTrap 佐賀大学 農学部 上野大介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果と考察

3.1 捕集部位とサンプリングデバイスの検討

黒毛和種の皮膚ガスを分析するにあたり,サンプリングデバイス(捕集容器)の開発に取り組んだ.当初,ガラス容器やステンレス容器,ポリエチレン容器などを検討したが,条件を満たすことができず候補から外れることとなった.最終的に,2枚のPFAシャーレを加工し, PFAシャーレ(100mm)の皮膚に密着させる面に穴(直径2mm)を1cm間隔で開け,PFAシャーレ(75mm)をフタとして上から被せる形とした.次に被検体にサンプリングデバイスを装着する部位を検討した.検討の結果,これら条件に合致する部位として,腰部に近い背部を対象とすることとした.背骨を挟んで左右両側の背部を剃毛し,捕集材を入れたサンプリングデバイスを固定用ベルトに挟み,1時間捕集した.複数回のサンプリング作業の結果,デバイスが脱落することなく安定して捕集でき,またGC-O/FIDおよびGC-MS分析における目立った妨害も見られなかった.よって,黒毛和種の皮膚ガスサンプリングに向けて安定した手法であると確認できた.

一方で,本研究の皮膚ガス物質のGC-MSおよびGC-O/FID分析の結果,黒毛和種の皮膚ガスは,同一手法によるヒトの皮膚ガス分析結果(データ示さず)と比較して,ピーク数・OA(活性数・におい強度)ともに少ないという結果が得られた.皮膚ガス物質の高感度分析法の確立に向け,捕集時間の延長,背部に装着するデバイス数の増加,背部に加えて分泌量の多い部位への装着技術の開発など,さらなるサンプリング技術の高度化が課題となった.

 

3.2 GC-MSおよびGC-O/FID(DB5)分析

黒毛和種から捕集した皮膚ガス試料および畜舎雰囲気試料をGC-MSで分析し,クロマトグラムの比較による物質の特定を試みた.GC-MS分析によって得られたマスクロマトグラムには多数のピークが確認された.しかし,バックグラウンドである畜舎雰囲気試料のマスクロマトグラムと比較したところ,すべてのピークが相殺される結果となった.GC-MS分析だけで黒毛和種の皮膚ガスを検出することは困難であると判断した.

 黒毛和種の皮膚ガス物質を検出するため,本研究ではより高感度でにおい物質を検出できると期待されるGC-O/FIDを利用した.これまでの皮膚ガス物質の分析はGC-MSを利用するのが一般的であったが,多くの皮膚ガス物質は濃度が低く検出されていないことが予想される.ヒトの嗅覚は物質によって極めて高い感度を示すことから,嗅覚閾値の低い物質については,GC-Oを用いることでGC-MSの約1000倍の感度を得ることができると期待される.

GC-O/FID(DB5)分析によって得られた黒毛和種のアロマグラムを示した.感知された3か所の「におい活性(OA)」のにおいの印象としては,“ゴム,生臭い(OA-1)”,“生臭い,(OA-2)”,“生臭い,甘い(OA-3)”というものであり,におい強度はすべて“弱い”というものであった.上述の通り,牛は放散される皮膚ガス物質の量が少ないと推察されることから,今後のGC-O/FIDの高感度化が課題となった.本研究ではこれら3箇所のOAを対象として物質同定に取り組んだ.

和牛 皮膚ガス におい 匂い 臭い 臭気 MonoTrap GC-O GC-MS 佐賀大学 農学部 上野大介

 

3.3 におい物質の同定

目的とするOAをガスクロマトグラフィー分取装置(GC-F)を用いて分取・濃縮し,得られた分取画分Fr-OA-1,-2,-3をGC-O/FID(WAX)分析に供試した.GC-O/FID(WAX)分析の結果,Fr-OA-1,-2,-3は,それぞれ1,1,3箇所(計5箇所)のOAに分離された(OA-1-1,-2-1,-3-1,-3-2,-3-3).それらのにおいの印象は,おもに“生臭い,甘い”というものであった.GC-O/FID(DB5およびWAX)分析によって得られた2つのRIとにおいの印象のデータを,AroChemBaseクロスサーチの検索に供試した.検索の結果,5か所のOAそれぞれに複数の候補物質があげられたことから,これらOAの物質同定に向けて第2ステップに進めることとした.

第2ステップとして,OAのGC-MSマススペクトル取得に着手した.GC-Fを用いて3箇所のOAを再び分取・濃縮し,GC-MS(WAX)によるEIおよびCI分析に供試した.マスクロマトグラム上で検出されたピークの中から,GC-O/FID(WAX)分析と同じRIに見られるピークを特定し,該当ピークのマススペクトルをライブラリ検索に供試した.検索結果の中からシミラリティーが70%以上の物質を候補物質としてリストアップし,さらにその中からCIマススペクトル上のプロトン付加分子[M+H]+から推定される分子量と一致する物質に絞り込んだ.分析の結果,GC-MS分析でEIおよびCI分析による明確なピークが検出されたのはOA-1-1のみであり,他のOAではピークが検出されなかった.GC-Fにより精製・濃縮しているものの,黒毛和種皮膚からの皮膚ガス放散量が少ないため検出できなかったものと推察された.

第3ステップとして,上述した分析によって得られたデータから該当物質を絞り込み,OA-1-1の候補として挙げられた標準物質を購入した.標準物質を同様の条件で分析に供試し,GC-O/FID(DB5およびWAX)分析およびGC-MS分析で得られたRI,においの印象,およびマススペクトルを比較した.

第4ステップとしてこれら結果をまとめ物質同定を判定したところ,OA-1-1は,RI,においの印象,マススペクトルのすべてが標準物質と一致したことから,(E)-3-Octen-2-oneと同定とした.

同定された(E)-3-Octen-2-oneは牛肉から検出され,脂質の分解物であることが報告されていることから,黒毛和種の皮膚ガスとして検出されたことに矛盾はないと判断された.一方で,本研究で同定された皮膚ガス物質は1物質のみであり,検出数やにおい強度が予想に反して少なく,弱いものであった.牛はヒトと比較して汗腺が少ないことがその要因として考えられ,今後の黒毛和種の皮膚ガスを利用したストレス数値化技術の実用化に向け,分析技術の高感度化が求められる.

和牛 皮膚ガス におい 匂い 臭い 臭気 MonoTrap GC-O GC-MS 佐賀大学 農学部 上野大介

 

 

 今後の展望

本報告は畜産動物の皮膚ガスを同定した初めての報告である.一方で,黒毛和種の皮膚ガス物質の分析結果は,ヒトの皮膚ガスと比較して,ピーク数・OA(活性数・におい強度)ともに少ない傾向がみられた.牛はヒトと比較して汗腺が少なく,皮膚ガス放散量が少ないと考えられた.皮膚ガス物質をより多く同定するための技術開発が課題となった.将来的に,ストレスに関連する皮膚ガス物質が特定できれば,パッチテストや嗅覚センサーを用いた非侵襲的なストレス数値化技術の実用化につながると期待される.

 

 

 

 

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におい物質を利用した微細藻類(スミレモ)の化学分類の試み

小山玲音, 出村幹英*, 野間誠司, 林信行, 原口智和, 宮本英揮, 笹川智史, 龍田典子, 上野大介*

(2021)

スミレモTrentepohlia aurea (Linnaeus) Martiusのにおい嗅ぎガスクロマトグラフィーによるにおい物質の同定.

におい・かおり環境学会誌,

52, 226-232.

https://doi.org/10.2171/jao.52.226

 

要旨

気生藻類の一種であるスミレモTrentepohlia aurea (Linnaeus) Martiusは,スミレのような“におい”があることが知られている.スミレモのにおいの有無や強弱には生育地域や場所による多様性の存在が示唆されるが,これまでは定性的な観察が中心であった.本研究ではスミレモのにおい物質を同定することで,スミレモのにおいに関する基礎的な知見を提供することを目的とした.におい物質の同定には,「におい物質同定システム(Odor/Aroma Substanses Identification System: OASIS)」を活用した.分析の結果,“良い香り”として特徴的なにおい物質であるα-テルピネンと2-ペンチルフランを同定した(2-メチル-6-ヘプテン-1-オールとβ-イオノンは仮同定).将来的にスミレモ類縁種のにおい物質をデータベース化することで,におい物質を利用した化学分類学(chemical taxonomy)の発展に貢献できると期待される.

 

 

背景と目的

佐賀大 上野 藻類 スミレモ

 

 

 

 

 

 

 

 緑色植物門アオサ藻綱スミレモTrentepohlia aurea (Linnaeus) Martiusは,石垣,コンクリートブロックなどに群生して生育する気生藻類である.藻体は,橙色の糸状体で肉眼的に判別できる.スミレモ”の和名にもあるように,スミレのような香り(かおり・匂い・臭い・ニオイ:以後,“におい”に統一)があることが知られている.筆者の一人(出村)は日本各地のスミレモを調査するなかで,においを有するものと無いものがあること,生育場所や地域によってにおいの印象に違いがあること,を認識している.これら結果は,日本のスミレモにおいても潜在的に大きな多様性があり,においの有無や違いは,その多様性の高さを反映しているものと考えられる.

 本研究グループでは,スミレモの分類学的発展に向けて,生物の生産する化学物質の違いを利用して種を分類する“化学分類学”のアプローチが有効であると考えた.スミレモの発する“においのある化学物質(以後,におい物質)”を同定し,地域や生育場所ごとにそれらを比較することができれば,スミレモの分類をより明確にできると期待される.これまでも,藻類のにおい物質を含む揮発性物質を機器分析し,食品のフレーバーとして議論したや,種間差を議論した例は報告されている.一方で,スミレモから発せられる“におい物質”に着目して物質同定した報告は無く,さらにそれら物質を“化学分類学”に応用するという試みも例がない.

 本研究ではスミレモのにおい物質を“におい物質同定システム”を活用して同定し,化学分類学上の基礎的な知見を提供することを目的とした.

 

試料と方法

佐賀大 上野 藻類 スミレモ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本試験で使用したスミレモは,2020年10月に佐賀県佐賀市内の群生地より管理者の許可を得て採取した.それらスミレモは,現地で採取を行った4名全員がスミレのような芳香を確認できる藻体であった.藻体の糸状部分をピンセットで採取した後,ポリエチレンボトルに保管し,実験室に輸送して室温(約25℃)で保管した.

 官能評価は,ヒトの嗅覚で捉えたにおいを言葉で表現し,その結果を数値化するための手法である.ヒトの嗅覚は個人差があることから官能評価の嗅ぎ手(パネル)の選定には十分な配慮が必要である.パネルの選定は環境省悪臭防止法に準拠し,5種基準臭(パネル選定用基準臭,第一薬品産業)を嗅ぎわける嗅覚試験に合格した20代の女性4名,男性6名(基礎疾患,および喫煙歴は無し)を採用した.

 

結果と考察

官能評価

佐賀大 上野 藻類 スミレモ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

官能評価は,ヒトの嗅覚で捉えたにおいを言葉で表現し,その結果を数値化するための手法である.ヒトの嗅覚は個人差があることから官能評価の嗅ぎ手(パネル)の選定には十分な配慮が必要である.パネルの選定は環境省悪臭防止法19) に準拠し,5種基準臭(パネル選定用基準臭,第一薬品産業)を嗅ぎわける嗅覚試験に合格した20代の女性4名,男性6名(基礎疾患,および喫煙歴は無し)を採用した.

 スミレモを対象として,直接におい嗅ぎによる官能評価を実施した.パネル10名による官能評価の結果,スミレモのにおいの印象は,“ほのかに甘い,木のような,紙のような”というものだった.におい強度は,平均値3.4(最小3~最高4)であり,“楽に感じられる強さ”であった.快・不快度は,平均値1.1(最小-1~最高2)であり,“やや快”という結果であった.これら結果より,採取したスミレモには明確かつ特徴的なにおいがあることが明らかとなった.このようなにおいの印象は,他の藻類にはみられないものであり,スミレモの大きな特徴であると考えられた.においを利用した化学分類学的アプローチは,将来的に十分に可能性のある手法であると考えられた.

 

物質同定

佐賀大 上野 藻類 スミレモ におい 匂い 臭い ニオイ

佐賀大 上野 藻類 スミレモ GC-O 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スミレモから発するにおい物質の同定に向け,「におい(匂い・臭い・ニオイ)物質同定システム(Odor/Aroma Substanses Identification System: OASIS)」を活用した.まず,におい嗅ぎガスクロマトグラフ(GC-O/FID(DB5))による分析を実施した.スミレモのGC-O/FID(DB5)分析では28か所から「におい活性:OA」が感知され,とくに3か所から高い再現性(パネル全員)でOAが感知された.それら3か所のOA(OA -1,-2,-3)はすべて“甘い”というにおいの印象を示し,中でもOA-2が最も強いにおい強度を示した.本研究ではこれら3つのOAをスミレモの特徴的なOAととらえ,物質同定の対象とした.

 

佐賀大 上野 藻類 スミレモ におい 匂い 臭い ニオイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物質同定の第1ステップとして,目的とするOAをGC-Fを用いて分取・濃縮し,得られた分取画分Fr-OA-1,-2,-3をGC-O/FID(WAX)分析に供試した.GC-O/FID(DB5およびWAX)分析によって得られた2つのRIとにおいの印象のデータを,AroChemBaseクロスサーチの検索に供試した.検索の結果,3か所のOAそれぞれに複数の候補物質があげられたことから,これらOAの物質同定に向けて第2ステップに進めることとした.

 第2ステップとして,ガスクロマトグラフ/フラクションコレクター/分取装置(GC-F)を用いてFr-OA-2を再び分取・濃縮し,GC-MS(WAX)によるEIおよびCIマススペクトルの取得に取り組んだ.マスクロマトグラム上で検出されたピークの中から,GC-O/FID(WAX)分析で得られたRIに見られるピークを特定し,該当ピークのマススペクトルをライブラリ検索に供試した.検索結果の中からシミラリティーが70%以上の物質を候補物質としてリストアップし,さらにその中からCIマススペクトル上のプロトン付加分子[M+H]+から推定される分子量と一致する物質に絞り込んだ.

 第3ステップとして,上述した分析によって得られたデータから該当物質を絞り込み,いくつかの標準物質を購入した.それら標準物質を,スミレモ試料と同様の条件でGC-O/FID(DB5およびWAX)分析およびGC-MS分析に供試し,得られたRI,においの印象,およびマススペクトルを比較した.

 第4ステップとして,これら結果を総合的に評価し,同定状況を判定した.判定の結果,OA-2-1はα-テルピネン,OA-2-2は2-ペンチルフランと同定することができた.OA-2-3は 2-メチル-6-ヘプテン-1-オールと推定されたが,標準物質が入手不可能であったため仮同定とした.またOA-3はGC-O/FID(WAX)およびGC-MS分析でデータが得られなかったが, GC-O/FID(DB5)で得られたRIとにおいの印象をAroChemBase検索に供試したところβ-イオノンと推定された.

 

まとめ

佐賀大 上野 藻類 スミレモ におい 匂い 臭い ニオイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本研究ではスミレモの化学分類学的アプローチに向け,その基礎的なデータとしてにおい物質の同定を試みた.分析の結果、α-テルピネンと2-ペンチルフランが同定された(2-メチル-6-ヘプテン-1-オールとβ-イオノンは仮同定).これまでスミレモの化学分類学的アプローチに“におい物質”を利用した例は皆無である.今後はスミレモやその近縁種を対象としてにおい物質の同定を進め,得られた結果をデータベース化することで化学分類学の発展に貢献できると期待される.またスミレモから同定されたにおい物質は“良い香り”をもつものであり,これまでも化粧品や食品添加物として利用されてきた物質である.将来的にスミレモの大量培養法を確立することができれば,藻類の利用法としてこれまで例のない,“香り”を機能性とした産業利用の可能性も期待される.

 

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イモグサレセンチュウ接種ニンニクを利用した特徴的なにおい物質の同定

Koga, Y., Yoshiga, T., Shindo, J.-i., Aoyama, R., Nishimuta, K., Koyama, R., Miyamoto, H., Haraguchi, T., Ryuda, N., Ueno, D.

(2021)

Identification of specific odour compounds from garlic cloves infected with the potato tuber nematode, Ditylenchus destructor, using gas chromatography-olfactometry.

Nematol., 23, 1-9,

https://doi.org/10.1163/15685411-bja10111

 

 佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニンニク(Allium sativum)のイモグサレセンチュウ(Ditylenchus destructor, Tylenchida: Anguinidae)による感染被害が深刻化している。この線虫による被害は1984年に初めて発見され1),我が国のニンニク生産の70%以上を生産している青森県では,少なくとも1/7の圃場でイモグサレセンチュウが発生しており,近年では青森県だけではなく全国的に感染が拡大している。線虫に感染したニンニクを圃場に植栽すると線虫はニンニク内で増殖し,数年のうちにその圃場で栽培されたニンニクの多くが線虫に感染することになる。軽度の感染では葉の黄化が見られ,感染が重度になると植物体は枯死する.収穫後も線虫はニンニク鱗片内で増殖し続け,貯蔵・流通・販売中に腐敗が進行する。保存性を高める技術として収穫後の加熱乾燥処理が効果的であるが,線虫を完全に殺すことはできない。線虫に感染したニンニクを喫食しても健康上の問題は無いが,流通・販売中に腐敗が進行するため消費者からのクレーム問題に発展する。したがって線虫に感染したニンニクは出荷前に発見・除去する他はないが,これまで感染ニンニクを非破壊で判別する技術は開発されていない。

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのような中,感染ニンニクには特徴的な“におい(匂い・臭い)”があるということが,熟練ニンニク生産者の間では経験的に知られていることが聞き取りによって明らかとなった。これまでも揮発性有機物質を利用したタマネギのsour skin病や,ジャガイモの褐色病5)の検出を検討した例が報告されているが,においに着目したものは皆無である。もし感染ニンニクから特徴的に発生するにおい物質を特定できれば,感染ニンニクの非破壊検査法を開発することが可能となる。

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニンニク試料は,地方独立行政法人青森県産業技術センターより提供を受けた.ニンニク試料には青森県で広く栽培されている福地ホワイトを対象とした。実験には,イモグサレセンチュウ懸濁液50μl(200隻)を接種したニンニク(感染ニンニク)13個体,および対照区として滅菌水50μlを接種したニンニク(非感染ニンニク)3個体を供試した。個別に蓋つきガラス容器に入れ,室温(約25℃)で保管した。

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 官能評価項目としてにおいの印象およびにおいの強度を対象とし,感染および非感染ニンニクが入った袋から直接においを嗅いで評価した。においの印象は予備実験で抽出した,甘い,野菜,新しいニンニク臭,古いニンニク臭,生臭い,硫黄系,発酵臭,その他,の記述子を提供し,パネルが選択する形とした。におい強度は,強さの相対的順位をスコア化した“におい強度順位スコア”として算出した。

 

 佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非感染ニンニクでは,におい強度スコアが低く、無臭、野菜臭、甘い、発酵臭、生臭い、古いニンニク臭として感知された.一方で,感染ニンニクでは野菜臭、甘いにおい、古いニンニク臭では非感染ニンニクよりも有意にスコアが高く、非感染ニンニクでは述べられなかった硫黄臭、新しいニンニク臭が感知された。よって,有意にスコアが高かった“野菜臭”、“甘いにおい”、“古いニンニク臭”に加え、非感染ニンニクでは述べられなかった”“硫黄臭”、“新しいニンニク臭”を,感染ニンニクの特徴的なにおいとして定義した.結果として,感染および非感染ニンニクのスコアは7.1および1.5と明確な差がみられた.これら結果から,線虫がニンニクに感染して4週間以降はヒトの嗅覚で明確に判別できることが明らかとなった.線虫の感染状況を確認するため,4週目の官能評価後に全ニンニク試料の線虫数を計測した.検出された線虫数は,非感染ニンニクからは不検出,感染ニンニクからは平均で約2万4918頭であり,官能評価による判定で明確に区別できていることが確認された.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 官能評価によって感染ニンニクは明らかににおい強度が高いことが明らかとなったことから,それら試料のにおい物質の同定に着手した.におい物質の同定に向け,「におい(匂い・臭い・ニオイ)物質同定システム(Odor/Aroma Substanses Identification System: OASIS)」を活用した.GC-O/FID(DB-5MS)分析には,官能評価において,におい強度順位スコアが上位であった感染ニンニク3試料と,非感染ニンニク1試料を供試した.各週の試料から高い再現性で感知されたにおい活性をGC-O/FID(DB-5MS)アロマグラムとして示した.感知されたにおいの印象としては,非感染ニンニクからはニンニク臭と弱いにおい活性が感知され,感染ニンニクからはニンニク臭に加え,金属臭,腐敗臭,生ぐさ臭など多様なにおい活性が感知された.時系列的にみると,非感染ニンニクのアロマグラムは,期間を通じて明確な変化は見られなかった.一方で,感染ニンニクのアロマグラムは,時間の経過に伴い,比較的早い保持時間帯で感知されるにおい活性が多くなる傾向がみられた.このことは,感染ニンニクの腐敗が進むにともない,におい関連物質が代謝分解を受けて低分子化が進んだことを示唆している.つぎに,各週のGC-O/FID分析によって2/3人以上のパネルが検出したにおい活性を検索したところ,感染ニンニクでは5か所が該当し,非感染ニンニクと共通のものを除外することで4か所が感染特有として特定された.
本研究ではにおい物質を利用した感染ニンニクの検出技術の開発を目指していることから,反復試験で比較的におい強度が強く,また再現性良く感知されるにおい活性を検索した.その結果,感知率が高く,また感染ニンニクの官能試験で定義された “ニンニク臭”,生ぐさ臭”に類似したにおいの印象をもつ,4か所のにおい活性を抽出した.

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第2ステップとして,感染ニンニク特有のにおいであると想定された4か所のにおい活性を対象として,GC-MSマススペクトルの取得に取り組んだ.一般的にニンニク臭をふくむ含硫黄物質は嗅覚閾値が低く(低濃度でも感知可能,GC-O/FID分析と同様のVOCs捕集法では濃度が低いためGC-MSマススペクトルを得ることができない.本研究では目的としたにおい活性を再びGC分取システム(DB-5MS)で精製・濃縮し,それら画分をGC-MS(DB-WAX)をもちいたEIおよびCIモードのスキャン分析に供試した.GC-MS(DB-WAX)クロマトグラム上で,GC-O/FID(DB-WAX)分析で得られたRIにみられるピークのマススペクトルをライブラリ検索に供試し,シミラリティーが70以上の物質をリストアップした.さらにそれら候補物質を対象として,CIマススペクトル上の分子イオン[M+H]+の検出を検索することで物質の絞り込みをすすめた.

 

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3ステップとして,リストアアップされた仮同定物質の確認作業に取り組んだ.GC-O/FIDおよびGC-MS分析の結果を比較し,それぞれ一致したものについて標準物質を購入し(一致しない場合はマススペクトルライブラリ検索結果を優先),GC-O/FID(DB-5MS)およびGC-MS(DB-WAX)分析に供試した.結果として,画分1:アリルメチルジスルフィド,画分4:オイゲノールについては,RI,匂いの印象,マススペクトルのすべてが標準物質と一致したことから同定とした。画分2は標準物質が入手できなかったことから不明とした.画分3はGC-O/FID(DB-WAX)分析にかけたところ類似のにおい活性が2か所から感知されたため,画分3-1および3-2と表記した.画分3-1は,EIマススペクトル検索結果とCIマススペクトルに検出された[M+H]+が一致した2エチル[1,3]ジチアンに着目して標準物質を分析したが,RIの一致がみられなかったため不明とした.画分3-2は各種データベースの検索結果からアリルメチルトリスルフィドと一致したため仮同定とされたが,標準物質が入手できなかったため仮同定のままとした.

 

 

佐賀大学 上野大介 農 分析 異臭 ニンニク 線虫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本研究では,線虫に感染したニンニクを,におい物質で判別することに取り組んだ.官能評価の結果,感染ニンニクには特徴的なにおいがあり,4週目以降であれば嗅覚で判別可能であることが明らかとなった.さらに感染ニンニクの代表的なにおい物質をGC-O/FIDおよびGC-MS分析をもちいて4物質同定(1物質は仮同定)した.

本研究の成果を発展させることで,感染ニンニクのにおい物質を感知するにおいセンサーが開発できれば,将来的には生産現場において非破壊検査・除去のできる自動選別装置の創出にもつながる.においをもちいた農作物の病害検出は,非破壊的かつ迅速・簡便であることが特徴である.将来的に本技術を高度化させることで,ニンニク生産にとどまらず,多様な農業生産物の貯蔵・流通システムを効率化させ,安定供給や食品ロスの低減に貢献できると期待される.

 

 

 

 

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深海堆積物コアからの人工香料の検出

松元美里, 野牧秀隆, 川口慎介, 古賀夕貴, 樋口汰樹, 松本英顕, 西牟田昂, 龍田典子, 上野大介

(2020)

におい嗅ぎGC(GC-O)を用いた相模湾および小笠原海溝の深海堆積物コアを対象とした人為起源におい物質の検索.

環境化学, 30, 94-99,

https://doi.org/10.5985/jec.30.94

 

要旨

近年,洗剤や化粧品などを含む香り付きパーソナルケア製品(PPCPs)の利用が増加し,合成香料を含む“におい物質”の環境への流出が増加している.本研究では,相模湾および小笠原沖の1400mおよび9200mから深海堆積物コア試料を採取し,におい嗅ぎガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography-Olfactometry:GC-O)を用いて,ヒト嗅覚による“人為起源におい物質”の検出に取り組んだ.本研究は深海堆積物コア試料のにおい物質をヒト嗅覚によって検出した初めての報告である.分析の結果,6種類の人為起源と推測されるにおい活性が感知された.光の届かない海域に生息する深海生物は嗅覚に多くを依存している.ヒトの嗅覚を用いたGC-O分析の技術を活用することで,“におい物質”が生物へおよぼす影響を評価する「環境におい影響評価」への取り組みが可能になると期待される.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合成香料の環境中への流出とヒトへの暴露が問題となっている.水環境に流入した化学物質は最終的なたまり場として深海に到達することが知られ,1200mの深海堆積物から環境残留性の比較的低い合成香料の検出が報告されている.これらは合成香料を含む多くのPPCPsが深海生態系に到達しており,水生生物にも悪影響を及ぼしている可能性を示唆している.そのような中,本研究では深海環境における“人為起源におい(匂い)物質”の存在の確認のため,相模湾内と伊豆小笠原海溝の深海堆積物に着目した.

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海堆積物コア試料(コア試料)は,海洋研究開発機構の海底広域研究船「かいめい」のKM19-07航海にて採取された.コア試料は,相模湾内,および伊豆小笠原海溝にて採取された.それぞれの地点で採取されたコア試料各1本を船内において厚さ5cm間隔でスライスし,ポリエチレン袋に分取した.

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC-O分析は,におい物質を分離同定する“分析機器技術”と,においを感知する“ヒトの嗅覚”を組み合わせた手法である.GC-Oは,におい物質をGCに導入してキャピラリーカラムで分離する“分離部”,およびにおい物質を機械的に検出する“検出器”と“パネル”によって構成される.GC-Oを利用することで,においに含まれる成分の分離,それら構成成分の器機的なピーク検出による定量,および機器分析だけでは判定することができない“においの感知(官能評価)”と“においとピークの一致”,が可能となる.

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC-O/FID分析の結果から,近海試料は遠海試料と比較して約2倍のにおい活性が感知されたが,それらは自然起源と人為起源のにおい物質を含んでいる.そこで,人為起源のにおい物質を選別するため,近海試料の深層(西暦約1950~1970年)と表層(約2000~2019年)のにおい活性を比較した.深層からは検出されずに表層から検出されるにおい活性があれば,過去には使用が無かった(または少なかった)物質が,近年の使用量の増加によって深海堆積物まで到達した可能性を示すと考えられる.その一方で,におい物質は一般的に環境残留性が低いと想定され,深層堆積物中で分解されたため感知されないという可能性もある.そこで近海表層試料のみで感知されたにおい活性を,遠海表層試料とも比較することとした.人為起源のにおい物質であれば,陸域から距離依存的に濃度が低下すると予想される.したがって,遠海表層では感知されずに近海表層から感知された場合,人為起源の物質である可能性が高まると予想される.近海の表層と深層,および遠海の表層と深層のにおいクロマトグラムをまとめ,共通で感知されたにおい活性をブランクまたは自然起源として除外した.その結果,近海表層試料のみで感知されたにおい活性は6箇所みられ,それぞれに“におい番号”を付与した.におい番号①は「くさい,硫黄系」,②は「甘い香り,柔軟剤」,③は「ミント,ニンニク」,④は「ピーマン」,⑤は「薬品のようなにおい」,⑥は「薬品,紙粘土」といったものであった.

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC-MS(EIスキャン)分析によるマススペクトルライブラリの検索を試みた.結果として,物質濃度が低いため,全てのにおい番号の保持時間において明確なピークは検出されていなかった.AroChemBase検索で挙げられた候補物質の主要な5イオンを対象としてイオンクロマトグラムを抽出し,イオン強度比の一致する物質を検索したところ,におい番号⑤のnaphthaleneがRIとイオン強度比が一致し,さらに標準品で保持時間を確認できたため同定とした.他の物質については濃度が低くピークが見られないため,標準品による確認ができなかった.同様の試料をGC-MS(CIスキャン)分析に供試し,におい番号①~⑥ の[M+1]+イオンの検出を試みたが,濃度が低く想定されるイオンは検出されなかった.
 検索の結果,⑤naphthalene(91-20-3)が同定され,①1-penten-3-one(1629-58-9),②Butyl acetate(123-86-4),③3-Methyl-2-(2-methyl-2-butenyl)-furan(15186-51-3),④2-isobutyl-3-methoxypyrazine(24683-00-9),⑥delta-cadinene(483-76-1)が候補物質としてあげられた.

 

佐賀大学 上野 農 臭 匂い 汚染 分析 化学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまでも,1200mおよび400mの深海堆積物から合成香料が検出されているが,ヒトの嗅覚を用いたGC-O分析の技術によって極微量のにおい物質を検出した初めての例である.におい物質は一般に環境半減期が短いと予想されるが,それら物質が深海へ輸送される経路として,懸濁粒子(suspended particulate matter: SPM)への吸着によって深海底まで沈降したことが示唆されている.近年では,マイクロプラスチックに多様な化学物質が吸着していること,深海堆積物からもマイクロプラスチックが検出されていることが報告されており,これらへの吸着による沈降も予想される.くわえて近年,洗剤や柔軟剤,化粧品などのPPCP製品には,マイクロカプセル化香料が広く使用されている.マイクロカプセル化されることによって環境残留性が高まり,SPMやマイクロプラスチックに吸着した化学物質と同様の環境挙動で深海まで沈降することも予想される.


 水生生物とにおい物質の関係をみると,その多くが餌の探索,母川回帰,危険の回避,コミュニケーションなど,様々な行動決定に嗅覚を利用していることが知られている.合成香料を含む人為的なにおい物質が深海に到達していた場合,深海生物の嗅覚応答に悪影響をおよぼすことが懸念される.GC-Oという嗅覚を用いた分析技術を環境化学的に活用することで,“におい物質”が生物へおよぼす影響を評価する「環境におい影響評価」への取り組みが可能になると期待される.

 

 

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臭い嗅ぎGCを用いた農業用排水路の臭気評価

松元美里, 上野大介, 阿南光政, 佐藤克久, 長祐幸

(2020)

におい嗅ぎGC(GC-O)を用いた農業用排水路における臭気物質分析の技術的提案.

においかおり環境学会誌,

51, 346-352.

https://doi.org/10.2171/jao.51.346

 

要旨

佐賀平野の農業用排水路では,生活雑排水の流入増加による悪臭・臭気・異臭が問題となっている.本研究では農業用排水路の用水および底泥に着目し,におい嗅ぎガスクロマトグラフィー(GC-O)およびにおい物質データベースをもちいた新しい分析手法による臭気物質の推定を試みた.分析の結果,7つの臭気物質(2-メチルフラン;ピリジン;チアゾール;硫化アリル;ベンジルメチルスルフィド;酢酸ベンジル;ベンジルエーテル)を推定でき,本手法の有効性が示された.本手法の高度化をすすめることで,農業用排水路だけでなく都市河川も対象とした,臭気物質の簡便・迅速な分析技術を提案できると期待される.

 

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近年の農業用排水路への生活雑排水流入の増加によって用排水路からの臭気が問題として提起されており,地域住民からの苦情も報告されている.その要因として,これまで気にされてこなかった総合的な“におい(匂い・臭い・香り)”が人々の意識の変化によって敏感となり,“不快なにおい(臭気)”として感じられるようになったことが挙げられている.現状では農業用排水路からの臭気に対する苦情件数の数的データは得られていないものの,これまで人々が気にしていなかった農業関連の“におい”が全般的に臭気として意識されてきていることから,このままの状況が続けば苦情の増加に繋がる可能性が考えられる.水路の臭気に関しては,これまでも工場排水や下水処理等水の水路について報告が挙げられているが,農業用排水路に関連した臭気問題についての情報は限定されており,一部の報告があるのみである.また,既報においても,水質の調査や官能的な調査は行われているが,臭気の原因やその臭気物質の解明はなされていない.今後の苦情対策に向け、農業用排水路の臭気に関する詳細な調査が望まれてきた.本研究では,農業用排水路の臭気の発生源として底泥に着目し,GC-O分析に加えて,におい物質データベースを活用した新しい分析手法による臭気物質の推定を試みた.水路の悪臭問題対応に向けた新技術として,簡便かつ迅速な悪臭物質分析の手法を提案することを目的とした.

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

用水および底泥試料は2018年8月に佐賀県内の農業用排水路で採取した.この地域は下水道が敷設されていないため,住宅地からの生活排水は,浄化槽(単独および合併浄化槽が混在)で処理されたのちに,本農業用排水路に排水されている.農業用排水路の改修工事(底泥浚渫)による臭気の変化を比較するため,同一用水系統における“改修済み”および“未改修”の2地点を対象とした.
 用水試料はそれぞれの地点における水路の流心から表層水をバケツ採水し,底泥試料はそれぞれの地点における水路の流心付近からエクマンパージ採泥器を用いて表層約5cmを採取した.

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臭気の印象および臭気強度は,試料採取直後に現場で3名のパネルが評価した.パネルは試料の臭気をバケツおよび採泥器から直接嗅ぐことで評価した.臭気の印象は自由回答とし,共通してみられた印象を結果とした.個人閾値および臭気指数は試料を実験室に持ち帰り同日中に評価し,三点比較式フラスコ法を用いて7名のパネルによって求めた.

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GC-O/FID分析は女性パネル1名で3回測定し,“Odor activity(GC-Oでにおいを感知した保持時間と自由回答によるにおいの印象,および3段階のにおいの強度のことと定義)”を音声認識ソフトウェア(Olfactory Voicegram:GLサイエンス)で記録した.入力された結果は,3回の分析で2回以上の類似した保持時間,臭気の印象,強度が記録された場合に採用することとした.本報告で対象とした地域では改修工事が継続しており,複数回の試料採取および複数パネルに対する試料量を確保することが困難であった.可能な限り信頼性を高めるため,もっとも経験の多いパネル1名が3回分析することとした.

 

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改修済みの地点は水の流れはなく,濁っており,川底の水草は少なかった.用水試料の臭気は感知されず,臭気強度は0(無臭)であった.底泥試料の臭気は,近傍の水田の泥の臭いと類似した印象であり,その臭気強度は2(何かわかる臭気)程度であった.この地点は改修後から2カ月しか経過しておらず,また水草も生えていないことから,近くの水田の排水口から流入した水田土壌の臭気を反映していると考えられた.一方で,改修済み地点から約500m上流に位置している未改修地点では,川底に水草が繁茂しており,水の流れは無く,濁っていた.用水試料の臭気の印象は2(何かわかる臭気)程度であった.底泥試料の臭気は,ヘドロ臭,硫黄臭,なまぐさ臭という“悪臭”に関連する印象であり,その臭気強度は比較的強く3(楽に感知できる臭気)程度であった.硫黄臭があったことから検知管(硫化水素)で計測したが,反応は見られなかった(検出下限値:0.1ppm).
 臭気強度の評価によって用水および底泥試料はそれぞれ臭気強度が異なるという結果が得られたため,より定量的な評価が可能となる臭気指数を算出した.臭気指数は,改修済み地点と未改修地点ではそれぞれ,用水試料が14と26,底泥試料は,56と58であった.底泥については,臭気強度は未改修地点で明確に高い傾向がみられたが,臭気指数ではその差が小さかった.

 

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改修済み地点と未改修地点の底泥の臭気を捕集し,それらをGC-O/FID分析に供試した.GC-O/FID分析では両地点の底泥から多様な臭気が感知され,未改修地点では37ヵ所,改修済み地点からは25ヵ所から感知された.そこでGC-O/FID分析により感知されたにおい活性と,同じ分析で得られたFIDクロマトグラムとの関係を比較したところ,強いにおい活性が感知されていても,その保持時間に明確なFIDピークは検出されていないことも多くみられた.この結果は,FIDによって検出されている物質とヒト嗅覚によって感知されている物質が必ずしも同じではないこと,またはヒトの嗅覚がFIDにとっては極めて低濃度の物質を感知していることを示唆している.
 次に,改修済み地点と未改修地点の両試料から得られたGC-O/FID分析におけるにおい活性を比較したところ,未改修地点のみ特徴的に検出された臭気は,臭気番号①かび臭,②水槽臭,③ネギ臭,④コゲ臭,⑤ヘドロ臭であった.これらの臭気の印象は,採取直後に官能試験を行ったときの臭気の印象に類似しており,かつ強い臭気を示した.結果として,この5つを未改修地点特有の臭気であると仮定し,物質同定を試みた.

 

 

佐賀大学 上野大介 臭 農 水 化学 分析

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未改修地点の底泥に特徴的な臭気である臭気番号①~⑤のRIおよび臭気の印象でデータベース検索したところ,候補となる物質を1~2物質に絞り込むことができた.それぞれの物質は,①2-メチルフラン;②ピリジン,チアゾール;③硫化アリル;④ベンジルメチルスルフィド,酢酸ベンジル;⑤ベンジルエーテルと推定された.これら物質は,河川や排水中の有機物が微生物によって分解される過程で発生する揮発性物質であることが報告されており,農業用排水路の底泥から検出されることは妥当であると判断した.

 

 本研究ではGC-Oおよびにおい物質データベースを活用することで臭気物質を簡便・迅速に推定可能であることを示した.将来的には農業用排水路だけでなく都市河川も対象とし,臭気物質とその臭気の印象,寄与率などの情報を集約した“水路悪臭物質データベース”を構築することが望まれる.本データベースをGC-Oと合わせて活用することで,農業用排水路および都市河川における悪臭物質を,簡便・迅速に推定し、適切な対応をとることが可能になると期待される.

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刺身の異臭(オフフレーバー)の物質同定と発生源解明

松尾美咲, 松元美里, 太田耕平, 佐藤克久, 上村智子, 古藤田信博, 染谷孝, 上野大介

2018

海産養殖魚における異臭物質の環境分析化学的アプローチ(におい嗅ぎGC)による推定.

環境化学, 28, 51-55. 

https://doi.org/10.5985/jec.28.51


要旨

飲食店で異臭クレームのあった海産養殖魚を対象として、環境分析化学的アプローチによる異臭原因物質の推定に取り組んだ。

通常のGC-MS分析ではピークおよびマススペクトルを検出することができなかったことから、ヒトの嗅覚を利用したにおい嗅ぎガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography-Olfactometry:GC-O)、およびにおい物質データベースをもちいることで、原因物質を2-メチルイソボルネオール(2-Methylisoborneol:2-MIB)と推定した。

これまで2-MIBによる海産魚の異臭問題は報告例がみられない。要因として、循環式水槽の濾過装置から、放線菌や藻類由来の2-MIBが溶出したと推察された。本件は、天然物による食品汚染の事例であり、カビ毒と同様に今後の再発防止の対策が望まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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佐賀豪雨時の油臭の発生源解明

古賀夕貴, 井手海渡, 松元美里, 樋口汰樹, 市場正義, 上野大介

2020

におい嗅ぎGC(GC-O)を用いた冠水被害時における油臭の発生源解明.

環境化学, 30, 29-35.

https://doi.org/10.5985/jec.30.29

 

要旨

令和元年(2019年)8月の前線に伴う大雨は、28日早朝に佐賀県大町町一帯で冠水被害を引き起こし、同地区に所在する鉄工所から金属焼き入れ油(使用済みクエンチオイル)が流出した。被災地では“油臭問題”が発生したことから、油臭の発生源特定に着手した。

被災地における悪臭を官能的に評価したところ、その臭気は“油臭と下水(生ごみ)臭”が混合したものであった。そこで油臭に着目し、現地で採取された油吸着シートを官能評価(類似度評価)に供試した。

その結果、事故発生7日後の被災地における油臭は“軽油(重油)および(または)灯油臭”であり、使用済みクエンチオイルとは別に、それら燃料油が被災地付近で流出事故を起こしたことを示唆していた。

一方で、事故発生12日後は、時間経過により軽油(重油)および灯油の成分が揮発し、比較的高分子成分を多く含む使用済みクエンチオイルの弱い臭気が残留していた。それら結果をGC-O分析により確認したところ、類似度評価と整合性のとれる結果が得られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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匂いを利用した線虫感染ニンニクの検出技術開発

 

Matsumoto, M., Ueno, D., Aoyama, R., Sato, K., Koga, Y., Higuchi, T., Matsumoto, H., Nishimuta, K., Haraguchi, S., Miyamoto, H., Haraguchi, T., Yoshiga, T.
2020
Novel analytical approach to find distinctive odor compounds from garlic cloves infested by the potato-rot nematode Ditylenchus destructor using gas chromatography–olfactometry (GC–O) with heart-cut enrichment system.
J. Plant Dis. Protect., 127, 537–544.

https://doi.org/10.1007/s41348-020-00349-3

 

要旨

ニンニクは、香辛料などの食品や医薬品の原料として広く世界中で利用されており、現在の日本国内で流通しているニンニクの約50%は輸入品である。近年、消費者の安全安心の意識の向上によって国産ニンニクのニーズは高まっており、それに伴い減農薬・無農薬ニンニクの人気も高まりを見せている。一方で、国内のニンニク栽培圃場では、腐敗を早めて商品価値を低下させる、イモグサレセンチュウの感染による病害が問題となっている。

そのような中、農業者から“線虫に感染した病害ニンニク(感染ニンニク)には特有のにおいがある”という情報を得た。感染ニンニクが発するにおいを特定することができれば、それらの早期発見および選別技術への応用が可能となり、結果的に農薬の使用量低減につながると期待される。

本研究では、におい嗅ぎガスクロマトグラフィー(Gas Chromatograpy-Olfactometry: 匂い嗅ぎGC :GC-O)(Fig.2)、およびガスクロマトグラフィー分取システム(Gas Chromathography-Fraction System:GC分取システム)を活用し、感染ニンニクの発する特有のにおい物質の同定を目的とした。

本結果から、線虫感染ニンニクに特有のにおい物質として、プロピルメルカプタン、アリルメチルスルフィド、2-メチル-1-ブタノールがあげられた。本研究により、線虫感染ニンニクに特有の匂い物質が特定された。

将来的に本物質を指標とした線虫感染ニンニクの選別手法を構築することができれば、感染ニンニクは出荷時期を早めるなど、流通・貯蔵法の最適化に向けた技術改善につながると期待される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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