講演・口頭発表等

2002年

札幌市近郊における多頭育酪農の発展とその要因

人文地理学会大会 研究発表要旨
  • 梅田 克樹

開催年月日
2002年 - 2002年
主催者
人文地理学会

1.問題の所在と研究の目的<BR> 世界の主要酪農国の多くは、取引価格の異なる複数の生乳市場を並立させる政策・制度を採用している。日本においても、1965年制定の「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(不足払い法)」を根拠として、飲用乳・加工原料乳などの用途別に異なる取引価格が形成されてきた。この制度を円滑に運用するために、都道府県ごとに指定生乳生産者団体(指定団体)が設立され、生乳共販体制の確立とプール精算方式の導入が進められた。さらに、この価格支持制度が招いた生乳生産過剰の慢性化に対処するために、1979年には生乳計画生産制度が導入された。<BR> これら一連の制度は、酪農経営と乳業会社のいずれもが再生産可能な乳価の形成と、生乳輸送の広域化に伴う激変緩和措置としての産地間競争の抑制を図ったものと捉えられる。しかし、飲用乳生産地域の酪農経営や多頭育化志向が強い酪農経営には、受け入れがたい制度だった。そこで、「生産者組織による自主的計画」という形式が採られ、酪農経営はその自発的意思に基づいて参加することと定められた。その結果、生乳生産量の約5%にすぎないアウトサイダーの動向が、飲用乳価の形成に無視できない影響を及ぼすことになった。<BR> アウトサイダーには、中小乳業会社と深い関係を有する小規模な酪農組合が多いほか、イン・アウトの出入りも珍しくない。半ば恒久的なアウトサイダーである大規模な酪農組合の代表例としては、サツラク農協(北海道)と日渓酪農協(滋賀県)が挙げられる。本発表では、主に札幌大都市圏向けの飲用乳を生産しているサツラク農協を取り上げ、その組合員における多頭育酪農の発展動向とその要因を明らかにすることによって、一連の制度が果たした役割を評価するための対照事例を示したい。<BR>2.サツラク農業協同組合の概要<BR> サツラク農業協同組合は、アウトサイダーとしては全国最大規模の酪農専門農協であり、年間生乳生産量は3万tを超えている。生乳出荷者(138名)は道央各地に広く散在するものの、その8割以上が石狩管内(特に札幌市・千歳市・江別市)に集中している。1戸あたり飼養頭数(80頭強)は道内平均値にほぼ相当する水準であるが、一部の大規模層における多頭育化志向は強く、なかには500頭を超える多頭育経営も存在する。その反面、全国平均を下回る小規模経営も約半数を占めており、1990年代後半以降、廃業者が続発している。<BR>3.サツラク農業協同組合のアウトサイダー化とその要因<BR> サツラク農協の前身である札幌酪農組合は、雪印乳業__(株)__の創業者たちの出身組合である。それゆえ、サツラク農協の生産乳のおよそ3分の2を雪印が全量飲用乳価にて買い入れるなど(1960年代まで)、サツラク農協は雪印と特別な関係を有していた。しかし、指定団体であるホクレンが、不足払い法に基づく生乳共販を全面的に導入すると、こうした特例的な措置は廃止された。また、北海道協同乳業__(株)__(ホクレン系)が札幌市乳市場に進出したため、サツラク農協の市乳化率が急落するおそれが強まった。そこで、サツラク農協は、高い市乳化率を維持するために、組合有の市乳工場を建設して、組合員の生産乳を自ら処理・販売する市乳事業を開始した(1970年)。そして、近郊酪農地域としての既得権益である高乳価を引き続き確保するために、完全アウトサイダーの道を選択して、全道プール乳価への組み入れを拒否した(1976年)。その高乳価に支えられて、多頭育化志向の実現も可能になったのである。<BR>4.競争原理の導入とサツラク農業協同組合<BR>現在のサツラク農協は、市乳事業における年間販売額が約70億円に達しており、札幌市乳市場において確固たる地位を築いている。ところが、その生乳出荷者数の減少には歯止めがかからず、他組合に集団移籍する事例すらみられる。その要因として、生乳輸送の広域化に伴って北海道全体の市乳化率が上昇し、ホクレンと比較した生産者乳価の有利性がほぼ消滅したことや、補給金単価の引き下げに伴って、飲用乳価と加工原料乳価の格差が縮小したことが挙げられる。すなわち、激変緩和措置の解除と競争原理の導入によって、アウトサイダーであることの有利性が低下したことを意味している。サツラク農協は、ビジネスモデルの転換を迫られている。

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DOI
https://doi.org/10.11518/hgeog.2002.0.000028.0