研究ブログ

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晴れ 企業経営者向け講演・大学講義(再抄録)

中小企業の人材確保と育成 ―若い力を伸ばす組織と経営―
基調講演「就業者の特性分析と人材確保・定着へ応用
       ~ 大企業にはない中小企業の魅力を伸ばせ ~」

日本政策金融公庫 主席研究員
(横浜市立大学・立教大学・三重大学 講師)
  海上 泰生



 本研究に取り組んだ背景は、数年前に顕在化した激しい就職難です。学生の方たちは内定を求めて大変な苦労をしているのに、門戸を開いているはずの中小企業にはあまり目が向かない。その大きな要因が情報の不足です。中小企業で働くとはどういうことか。働く場としての中小企業の魅力とは何か。そういう情報が不足しているため、踏み出せない。そこで、両者を橋渡しする論考が必要だと考えました。
 調査手法としては、四つのアプローチをとりました。まず、中小企業および大企業の働き手3,300人の方に対する「就業意識アンケート調査」。次に、中小企業5,620 社に対するアンケート調査。加えて、多くの働き手の方たちに直接インタビュー調査を行い、さらに、経営者の方にも個別のインタビュー調査を実施しました。
 ここから有用な情報を多く得ました。そのなかから、まず中小企業の人材構成を見ていきましょう。
 学歴別の構成比で見ると、やはり大企業の方が高学歴者の割合が高い。しかし、理科系大学卒に限れば、意外に大企業と中小企業の間で差がない、むしろ同じくらいの割合です。次に、都会と地方の中小企業で比較すると、より都会の企業の方が高学歴者の割合が高いですが、理科系大学卒は、だいたい同じ割合になっています。つまり、文科系大学卒の方々は、大企業が好きで都会が好きという傾向だが、理科系大学卒の方々は、地方でも中小企業の大きな戦力になっているのです。
 さらに、入社前の状況を見ると、大企業は新卒学生が7割近く、中小企業では転職者が多いですが、うち、大企業で正社員だった方が1割くらい。大企業を辞めて中小企業を選んだ方が意外に多いのです。
 ここで、就職・採用の話が出ましたので、働き手の方々が就職時に重視した点について見てみましょう。特徴的なのは、「通勤時間の短さ」「残業の少なさ」「遠隔地転勤の少なさ」「経営者との距離の近さ」などを重視して中小企業を選んだ人が多いことです。いわゆる「スローライフ」「ワーク・ライフ・バランス」という生き方なのかもしれません。
 就業者インタビュー結果から、この生活重視のライフスタイルを示す例を探すと、例えば、福岡の男性50歳の方は、「地元にいられることが大事だった。中小企業なら自分のライフスタイルに合わせた仕事選びができる」と指摘しています。他にも、前職の大企業を辞めたのは、転勤が多いこと」などと回答する方もいて、地元生活重視の志向が伝わります。中小企業への就職は、その志向を実現する手段として選ばれたといえるでしょう。
 ただ、そうした志向は時の経過とともに変わりえます。現在と就職当時との比較グラフによると、例えば「通勤時間の短さ」や「異動の少なさ」は、かつて会社探しのときには重視したけれども、「考えてみるともっと大事なことがあるな」と変化が見えます。代わりに、「社員教育の充実」「能力の適正評価」等が重要だとわかってきたようです。
 この「社員教育の充実」に関連して、「人材育成策として何を実施していますか」という設問と、「御社での人材育成は順調ですか」という設問をかぶせてクロス集計してみました。すると、「技能向上や昇進のためのキャリアパスや成長モデルの設定」を実施した企業では、「人材育成が順調である」という回答割合が明らかに高いことがわかりました。中小企業でこれを実施している企業はさほど多くありませんが、実施すると効果が高いことがわかります。さて、社員が能力や実績を上げていった先には、昇進・昇格があります。
 この点から、インタビュー調査結果を抽出してみると、中小企業の良い点その2として、「昇進や昇格のチャンスが相対的に大きい」という指摘があります。アンケート調査結果を見ても、大企業就業者の約6割が「(役員・部長になるのは)かなり難しい」というのに比べて、中小企業では「ある程度、なれる見込みがある」が多めです(図−1)。

  図-1  質問「あなたの勤める会社における役員や部長などに昇進する難易度」
 昇進難易度グラフ
 ところで、素朴な問いですが、働き手は日々何を考えながら働いているのでしょう。年代別に見て、50 代の働き手では、日々「仕事上の技術、技能・知識の習得」を心がけているの対し、20 代では「早く終わらせて帰宅すること」が51.7%でトップです。少々嘆かわしく感じる向きもありますが、逆によく正直に答えてくれたとも言えます。
 ただし、この意識も、環境や雰囲気によってちがいます。昇進・昇格の見込みがある企業と少ない企業とで差を見たところ、昇進・昇格の見込みがある企業では、「将来のキャリア構想を実現する」「会社にとって新しい技術の開発や販路の開拓を進めたい」「会社の成長・会社全体の目標を達成したい」などと意識しながら働いている割合が、明らかに高いことがわかります。
 でも、こうした意識で働くからどうなの…という疑問もあります。そこで「日々働くうえでの意識」を問う設問に、「会社の業績は好調ですか」という設問をかぶせてクロス集計してみました。すると、「将来のキャリア構想を実現したい」と意識しながら働く方々の会社は、業績好調企業の割合が高い(図−2)。これは大企業においてもほぼ同じ傾向です。さらに、「仕事を通じて日本や世界のために貢献したい」という崇高な気持ちをもちつつ働く方たちの会社も、明らかに業績好調が多いのです。働き手の日々の意識が会社の業績にまで影響を与えているという一つの事実です

           図-2  働き手の意識と企業の業績の関係性
意識×業績グラフ

 さて、「中小企業の魅力」に戻って、第3弾は、「社内コミュニケーションの充実」です。「自分の意見が会社に通じたりして、働きやすいし、頑張りやすい」などと指摘する方が、多くいます。これに関連したクロス集計で、「社長と話をする頻度」と「今の仕事は好きですか」という設問を重ねてみると、経営者とのコミュニケーションが豊かな人ほど、仕事に対する好感度が高い。つまり、モチベーションが高いという結果が出ています。
 続く「中小企業の魅力」第4弾は、「大企業と比較した自由度・自己実現性」です。「中小企業だと全部自分で決められるので、『これは俺が作った』と言える。大企業だと、『これはうちの会社が作った』になる」とか、「規模的な満足度は大企業の方があると思うけど、自身のやり甲斐を考えたら絶対に中小だ」などという見解が示されています。
 ただし、中小企業には、もちろん課題がある点も言及しなければいけません。例えば、大企業と比べた中小企業の弱みとしては、「プロジェクトの大きさ」「給料」を挙げるほか、「同期がいないので競い合う人がいない」などがあります。また、本音の話として、「ワンマンな社長がいる同族会社なので、誰も意見が言えない」ことや、組合がないことに不満を示す方も多かったほか、「1回人間関係が崩れると大変そう。社員が少ないと、異動しても顔を合わせる」といった心配事もあります。経営者の方々は、社員にこうした声があることを理解のうえ、改善を図る必要があります。
 最後に、中小企業の魅力というよりも、中小企業という存在が受け皿になっている点について、取り上げましょう。それは、「大企業ベースでは、おいそれと転職できないが、中小企業ベースなら、転職しやすい」「転職ありきくらいの人なら、むしろ中小企業は良い。中小企業を乗り換えて、スキルアップしていった方が、将来的に需要のある人間になれる」という考え方があります。転職志向者にとって受容体的な役割を中小企業が担っているのです。
 インタビューやアンケートだけでは現実感が不足しますので、優良企業事例を一つ紹介します。静岡県浜松市にある国本工業㈱は、これまで無理とされてきたような形状・加工法・価格をプレス加工で実現する技術力をもっており、ときには金属塑性加工の理論限界値を超えた数値を実現し、専門の大学教授が学会で発表を希望するほどです。そんな同社の技術力を認めたあのトヨタが、異例にも、当時従業員数30名程度の同社を相手に直接取引の口座を開いてくれた。直接取引を認められた中小企業です。
 この企業の人材育成の特徴は、一言でいうと、技術に対して非常に粘り強いところです。とにかく粘ることで絶対何かが得られる。「できませんでした」という報告ではなくて「ここまではできました」と報告させる。同社内には、身近な先輩や同僚が苦労に苦労を重ね、粘りに粘って、無理と言われたことを最終的に成功させた体験があふれている。それを後輩たちが真似をして、簡単にあきらめない粘り強い社風が生まれたのです。社内の空気が人を育てる、そんな好事例を紹介いたしました。
 まとめますと、働く場としての中小企業の魅力とは、①地元密着型のライフスタイルを支えている、②小さい組織ゆえに昇進・昇格・枢要な地位の獲得のチャンスがある、③身近な経営と社内での豊かなコミュニケーション、④高い自由度と自己実現・多様なスキルが獲得できる、⑤転職を前提とした生き方を支えるレセプターとなっている、という五つです。一方、現実的な課題として、「ワンマン体制」「ガバナンスの不備」「組合を含めた組織体制の未整備」などが挙げられます。働き手の意識を尊重して、こうした課題を克服していけば、中小企業の魅力はいっそう高まることでしょう。
 以上、ご清聴いただき、ありがとうございました。

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横浜市立大学講義(抄録)

中小企業への就職、大企業への就職、長所と短所を比べると?

 

第1回講義

横浜市立大学 講師
(日本政策金融公庫 主席研究員)
  海上 泰生


1. はじめに  ~就業者の意識構造を理解することが、まず大事

 言うまでもなく、日本には優れた大企業が多く存在する。そのためか、日常、目にするのは、大企業の動静を伝える報道や、その製品や社名をPR する広告や看板である。
 TV ドラマの主人公も何やら大企業らしき会社で働くことが多いようだ。こうした事情では、求職者の、とくに学生の目が、まず大企業に向かってしまうのも無理はない。しかし、大企業だけでなく中小企業(注)にも、実は多くの“働く場としての魅力”が備わっている。中小企業においても大企業においても、そうした魅力に惹かれて今の企業を選んだ求職者の気持ちを理解し、働く環境づくりに努めることが、優れた社員の採用・育成・定着の鍵になる。
 本講義では、そうした働き手の意識調査結果をもとに、働く場としての中小企業と大企業の魅力について論じていこう

(注) 中小企業とは、例えば、製造業の場合は「資本金3 億円以下または従業員数300 人以下」の企業を言う(中小企業基本法第2 条第1 項)。




中小企業への就職、大企業への就職

 我が国の全企業数は約386 万企業だ。そのうち大企業はわずか1 万1 千企業しかなく、残り385 万3 千企業、つまり全体の99.7%という圧倒的多数がなんと中小企業である。
 同様に、働く人の割合でみると、我が国の全従業者数約4,794万人のうち、大企業で働いている人は約1,433万人であるが、残り3,361万人(70.1%)が中小企業で働いている言うならば、街を歩く勤労者の3分の2は、中小企業で働く人々であり、そうした人々が多数派であると考えてよい(図-1)。
 さらに、これを地方圏に立地する企業に限ると、上述の70.1%はなんと85.7%に跳ね上がる。地方圏では、およそ9 割近くの極めて高い割合で、中小企業が生む雇用に依存していることがわかる(図-1)。


資料:中小企業白書(2014 年版)/総務省「平成24 年経済センサス-活動調査」再編加工(注)1. 企業数=会社数+個人事業所(単独事業所および本所・本社・本店)とする。
2. 「従業者数」は、会社の常用雇用者数(正社員及びパート・アルバイト)と個人事業所の従業者総数を合算している。従業者総数とは常用雇用者のほか、個人業主、無給家族従業者、有給役員を含む。



 しかし、各種の報道やマスメディアが伝えるのは、ほとんど大企業の動静についてであり、中小企業についての情報、とくに個々の中小企業についての情報は、ほとんど伝わってこないのが実情である。こうした実情では、知らず知らずに「世の中の会社=大企業」とすり込まれるため、求職者の中でもとくに若い学生の目が、大企業にばかり向いてしまうのも無理はない。確かに、企業数でわずか0.3%程度の割合ながら、全従業者数のおよそ3分の1を擁しているのだから、大企業の存在感が絶大なものであることは間違いない。

 それでも、中小企業が、その巨大な雇用吸収力をもって、労働市場におけるメインプレーヤーたることはもちろんのこと、自らが生み出す付加価値が勤労者所得の源泉となり、それを通して国民経済における個人消費や貯蓄・投資に対しても、極めて大きな影響を与えている。つまり、中小企業が元気にならないと、我が国経済は元気になれないのである。

 それだけ、雇用創出・雇用吸収において、中小企業が大きな役割を果たしているにも関わらず、就職先を選ぶとなると、大企業を志向する求職者は多い。そのため、中小企業は、景気回復局面で常に人材不足に陥る傾向があり、その制約が中小企業の健全な発展の支障になっているといえる。

 先般のリーマンショックに端を発した世界的な金融危機後の数年間は、就職難が社会問題となった。その後の景気回復局面では、人手不足が顕在化し、就職難当時とは大きく様変わりした。こうしたなかで、大企業や中小企業をめぐる雇用動向は大きく変動している。次回で具体的にみてみよう。

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横浜市立大学講義(抄録)

中小企業への就職~ 5 つの魅力(その1)

 

第2回講義

横浜市立大学 講師
(日本政策金融公庫 主席研究員)
  海上 泰生


2. 働く場としての中小企業とは? ~ 5 つの魅力(その1)

 前回述べたように、大企業に比べて、中小企業側の情報の方が明らかに足りないことから、本講義では、中小企業側を基点に、大企業を比較対象として扱っていくスタイルをとることとする。

 あえて結論を先取りして紹介すると、“働く場としての中小企業”には、大企業と比べて6 つの特徴がある。さらに、これは「5 つの魅力と1 つの課題」に分けられる。
 以下、順番に述べていこう。




 まず、働く場としての魅力その1についてだ。それは、生活重視のライフスタイルが実現できることが挙げられる。
 働き手へのインタビュー調査結果から、最初に浮き彫りとなったのは、地元での生活を重視して中小企業への就職を選んだ働き手が多いことである(図-2)。
 例えば、宮城の男性44 歳は、「県内から出ることを考えたことはない。なので、地元の会社に就職した。東京に就職するつもりなら、いくらでもできる売り手市場の時代だったが、地元しか受けなかった」といい、茨城の男性52 歳は、「通勤は車で15 分。転勤があったら大手でも嫌。親がいたからどうしても転勤したくなかった」というように、人生観や家庭の事情から、なにより地元での生活を優先する姿勢がうかがわれる。
 地元優先を前提に就職先選びをした結果、例えば、福岡の男性50 歳は、「地元にいられることが大事だった。中小企業なら、自分のライフスタイルに合わせた仕事選びができる。転勤が嫌な人は転勤がない会社を選べる。ここで働きたいという場所にそうそう大手企業はない」といい、また、福岡の男性39 歳は、「給与だけで言えば(前職の大手企業を)辞めなければよかったという思いもある。ただ(大企業勤務だと)地元にはいられない」ということで中小企業を選んでいる。

 仮に、地元に大企業があって採用してくれるのなら、それも良いだろうが、そう数は多くない。実際に、地方圏に立地している大企業といえば、地方銀行、電力会社、大手メーカーの生産拠点などが思い浮かぶが、企業数や採用枠も限られ、かなり狭き門である。
 その点、中小企業なら地元にも多数あるし、業種も豊富だ。地元勤務は、すなわち職住近接であり、通勤時間に掛ける時間を自由時間に回すことができて、周囲の友人・知人との交流も容易となる。地元中小企業こそ自らのライフスタイルに沿う就職先という判断だろう。




資料:日本政策金融公庫総合研究所「中小企業就業者インタビュー調査」(
2014年)より、筆者作成。



 また、福岡の男性42 歳のケースでは、「家も建てたし子供もいるし、地元でバスケもやっているから、東京には行きたくないと言ったら、地元に事務所を作ってくれた」などと、働き手の私的かつ個別の事情に対して、中小企業ならではの柔軟性を見せて対応した例もある。片や、宮城の男性44 歳営業が言うように、「前職の大企業は転勤が多いことが辞めた大きな理由。1 万人の社員の中で、なかなか1 人の希望を聞いてくれなかった」という大企業勤務の現実とは対照的である。転勤の多さ、遠隔地勤務、個人の希望が通りにくい、これが大企業勤務で多くみられる実情なのだ。
 このように、自らの人生設計において、仕事をとるか、生活をとるか、という命題に臨んだ結果、「生活重視」という優先事項を実現する“手段”として中小企業に就職したとの声があっても、不思議ではなく、それも偽らざる本音である。これを嘆かわしいとみるか、みないか、見解は分かれることだろう。
 ただ、戦後の復興期から高度成長期にみられた「仕事人間」「モーレツ社員」「社畜」などと揶揄(やゆ)される生き方への反動もあって、今日では、ゆとりある生活を重視した「スローライフ」や「ワーク・ライフ・バランス」が、最近のスタイルとして注目されている。こうしたライフスタイルの実現を図れることも、中小企業に就職する大きな魅力の一つである。


企業側の例をみても、地元重視・地域密着型経営が効果あり

 近年では、若者の地元志向に強まりがみられるとされている。高待遇でも遠隔地勤務を伴う仕事を避け、待遇や企業規模が小さくても、地元の生活をとるという動きだ。地元にそうそう大企業はないので、結果として、地元志向の優秀な学生は中小企業に集まることになる。
 地域で中核的な存在となっている優れた中小企業各社の事例をみても、ほとんど例外なく地元の大学・高等専門学校・高校から採用して、主力人材に育て上げている。地元との縁やネットワークを重視して、それを活かした人材確保に成功しているのだ。
 地元を志向するのは求職者側だけではなく、企業側も地域密着型経営を標榜し、地元に働く場を提供することに使命感を感じている例も少なくない。地域活性化のためには、地域に根付く人材が必要であり、企業側も地域に根付く存在として、働く場を提供する使命感を持つ。商品が売れ、会社の知名度が上がることで、人的ネットワークが広がり、より優秀な人材を取れるようになる。そこに好循環が生まれるのである。
 結局のところ、「地元重視の生活がしたい」と考える求職者の意識を理解したうえで、地元学校と太いパイプを構築し、地域密着型経営を長く続ける企業こそが成果を上げているといえる。

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横浜市立大学講義(抄録)

3. 【魅力・その2】中小企業ならではの昇進・昇格のチャンス


 例えば、自分が野球選手だったら、地方の実業団チームの中心選手になれそうな道と、在京人気プロ球団の二軍選手になりそうな道、果たしてどちらを選ぶだろうか。もちろん、平均年俸は、プロ球団の方が高いに決まっているが、それを鵜呑みにしてよいのだろうか。
 実は「中小企業への就職、大企業への就職」について考えるとき、この問い掛けは、妙に現実味を帯びてくる。“地方の実業団チーム”と“在京人気プロ球団”が何の例えなのか、既にお気づきのことだろう。



 実際に、働き手の大きな関心事として、社内における昇進・昇格がある。昇進・昇格するということは、権限と責任の拡大・待遇の向上・自己実現などの面で、大きな意味を持つ。この点について、中小企業に見られる特徴を明らかにするため、再び就業者の生の言葉を整理して抽出してみた。

 現に働く中小企業就業者の声から、中小企業における昇進・昇格の特徴に言及している例を挙げると、例えば、福岡の男性50歳は、「組織が小さいから自分がどんなステップで昇進して行くかわかりやすい」といい、福岡の女性45歳も「中小企業は、ステップアップが身近。昇格の可能性も大きい。私の会社も頑張れば早かった」と指摘する。

 比較対象としては、当然、大企業における昇進速度になるが、中小企業には大企業からの転職組も少なくないことから、宮城の男性28歳のように「中小企業だと上を目指せる。社長までは行かなくても、常務や専務だって目指せる。大企業で働いている限りは、俺もいいとこ課長だなと20代後半になると、みんな考える」と、現実的な経験に基づくコメントを拾うことができる。同じく、福岡の男性50歳のように「前職の大企業では社長にはなれない。出先の支店長ぐらいにはなれるかな。だったら、100人ぐらいの会社で、自分のやりたいことをやらせてくれる方がいいと思った。やりがいは今の方がある」と、転職動機が大企業での昇進可能性の低さであったと、大企業のデメリットを直接示す例もある。
 また、ポストの獲得という意味以外でも、「中小企業は人数がいない分、早く仕事をやらせてもらえるからやりがいが出てくる」や、「いろいろな仕事を任されて、部門の核になれる」との指摘があるように、1人あたりの仕事の幅が大きく権限の及ぶ範囲も広いところに魅力を感じているケースも多い。


昇進難易度とその理由

 以上のように、中小企業では、昇進・昇格・枢要な立場を獲得できる可能性を実感している声が多く聞かれた。こうした就業者の生の声を数値的に裏付けるため、別途実施した就業者アンケート調査の結果を併せて紹介しよう。



 同アンケートには、中小企業と大企業の働き手それぞれに「一般社員が役員や部長など経営幹部に昇進する難易度」について尋ねた設問がある。

 その回答状況をみてみると、大企業の働き手の6割という高い率で、「かなり難しい」と悲観的に捉えられている。「かなり難しい」とは、事実上不可能に近いと解釈できることから、大企業では、全体の3分の2弱の社員は、経営幹部になることをあきらめているということになる。これに対して、中小企業では、「ある程度、なれる見込みがある」と「なれる見込みも少しある」を合わせると、4割弱の割合で昇進見込みが多少なりともあると捉えられている。約6割があきらめている大企業の内情と、約4割が期待を持っている(かつ、あきらめているのは4割弱に過ぎない)中小企業の状況という、際立った違いがみえたわけだが、これで、上述した就業者の声がデータ的にも裏付けられたといえる。

 これだけ異なる様相をみせているのは、なぜだろうか。就業者アンケート調査結果の続きとして、中小企業と大企業の働き手それぞれに、「昇進するのが比較的容易な企業の理由、または難しい企業の理由」について尋ねた設問もあるので、その回答データもついでに紹介しておこう。
 それによると、まず、昇進が比較的容易な企業の理由としては、「1つの役職あたりのライバルがごく少数~数人なので」という回答が中小企業において特徴的に挙がっている。まさに飾り気のない現実的な理由であって、前項で示した生の声の内容とも一致しており、これが主因であるとみて間違いない。
 一方、大企業においても、少数ながら昇進を見込める企業もあり、その理由として特徴的に挙げられているのは、「昇進基準や人事評価方法が的確なため」という回答である。中小企業と比較して、組織的な人事政策が成熟している大企業ならではの理由といえよう。
 逆に、昇進が難しい理由として「1つの役職あたりのライバルが十~数十人以上いるため」という回答が大企業において特徴的に挙がっている。この点は、上述の中小企業とは逆の状況であり、ある意味、予想どおりともいえる。
 加えてもう1つ興味深いことに、「部長や役員になるルートは、大体決まっているため」という回答も、大企業において特徴的に多く挙げられている。大企業は組織も大きいが構成員も多いため、社員全員に等しくチャンスを与え続けるのは難しい。本来なら、昇進・昇格の階層ごとに最適な人材を選び出すために、都度、全員の能力をフラットに測り直すべきなのだろうが、そんな手間を掛けてはいられない。そのため、いわゆる既定のエリートコースというものが事実上存在し、振るい落としの過程の中で、そのルートに乗り続けていないと経営幹部にまでは行けないという、とくに、社歴の長い大企業によくありがちな事情がみられるのだ。
 一方、中小企業においても、昇進が難しいとする指摘はある。その理由としては、「同族企業で、一般社員がつける役職が少ないため」や「経営トップの意向に左右され、見込みが立たないため」という回答が目立つ。オーナーであり、ワンマンな社長が人事のすべてを掌握しがちな中小企業の姿をうかがわせる。もっとも、そうしたオーナー社長に眼鏡にかなえば、ときには能力重視の抜擢人事もあり得るのが中小企業でもある
 こうした課題はあるものの、やはり中小企業には、組織の小ささが逆にメリットとして働く、いわば、“逆スケールメリット”がある。そういう意味で、「中小企業では昇進・昇格のチャンスが相対的に大きい」という点は、これも「中小企業への就職における魅力」の1つであることは間違いない。


小さい組織ゆえの大きなチャンス

 上述のように、中小企業には、小さい組織ゆえに、1役職あたりのライバルが少ない。逆転困難な既定のエリートコースなどという大組織の“掟”(おきて)も少ない。だから、昇進・昇格・枢要な地位の獲得のチャンスが相対的に大きい。いわば、逆スケールメリットがあることがわかった。
 実際に、中小企業には大企業からの転職組も少なくないが、転職動機として大企業での昇進可能性の低さを挙げる例は多い。大企業の働き手の約6割が経営幹部になることをあきらめているというデータも前項で紹介した。
 働き手にとって、就職後の昇進・昇格は大きな意味を持つ。就職活動が成功しても、就職した時点がゴールではない。その後の現実的な可能性も予測しなければならない。
 ここで、冒頭の問い掛けに回帰しよう。野球選手なら、地方の実業団チームの中心選手になれそうな道と、在京人気プロ球団の二軍選手になりそうな道、果たしてどちらを選ぶだろうか。これは、現実的な可能性の問題である。また、平均年俸で見れば、在京人気プロ球団の方が高いに決まっているが、“平均”で語ることに罠はないか。
 「中小企業への就職、大企業への就職」に話を戻せば、大企業への就職の大きな魅力として、賃金水準の高さが挙げられる。確かに、平均賃金でみれば、総じて大企業の方が高い。しかし、個人個人のレベルで考えると、大企業のなかで多くのライバルと争って平社員や係長程度で留まってしまう確率と、ライバルの少ない中小企業で役員や部長にまで昇進する確率を考えれば、むしろ逆転するケースもあり得る。そういった可能性も含めた上で、中小企業または大企業への就職後の現実について考えていくべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

海上 泰生

横浜市立大学・立教大学 兼任講師

厚生労働省「地方人材還流促進事業」助言指導委員

 

 

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