【目的】直立二足における身体重心の制御に関する脳科学的検討は、転倒など、バランスが不安定な状況下における身体防衛のためのメカニズムを知る上で重要である。しかしヒトのバランスに関する脳科学的研究は、安定した姿勢の保持や歩行のイメージなどの課題が多く、身体が不安定な状態の脳活動についての研究は数少ない。さらに、情動面や自己と他者の区別などの側面を含めた研究はない。その基礎として、本研究では、身体が不安定である状況を見ているときの脳活動について、情動や自己に特有な側面も含めて検討した。<BR>【方法】成人男性13名に対し、動画刺激提示を行った際の脳活動をfMRIにより測定するとともに、動画に対する主観評価を実施した。動画は被験者自身と他人とで構成され、静的安定・動的安定・動的不安定の3条件のバランス課題実施時の映像を用いた。主観評価項目は、身体バランスに関する客観的評価4項目と心理的評価10項目の計14項目について実施した。主観評価の統計処理については、主観評価14項目の項目毎について自他及び条件間の二元配置で分散分析を行い、多重比較検定を実施した。脳活動の解析には、数値解析ソフトウェアMatLab (Math Works社製)上で開発されたStatistical Parametric Mapping software (SPM2)を用い、変量効果による集団解析及びRegion of Interest (ROI)解析を行い、そこから得られた有意な賦活部位と主観評価との相関解析などを実施した。<BR>【説明と同意】実験に際しては、研究の主旨、研究協力による利益・不利益、守秘義務・情報管理、バランスボード、MRI装置についての説明を行い、実験内容の理解が得られた上で、書面上で研究協力の承諾を得た。尚、本研究は首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得て実施した。<BR>【結果】主観評価の解析より、条件間の比較では、身体バランスに関する客観的要素について、全ての条件間で有意差が認められた。心理的要素では、動的不安定条件と他2条件との間に有意差が認められた。また自他間における比較では、14項目中13項目において、自他間で有意差は認められなかった。脳活動の解析において、被験者自身と他者を含む解析では、動的不安定条件と動的安定条件での比較より、両側運動野、両側上頭頂小葉、両側下頭頂小葉、右EBA、右被殻を中心に有意な脳活動を認めた。主観評価との相関においては、左右運動野及び右被殻が「不安」・「焦り」・「怖い」・「困難」と正の相関を示す一方、「安心」・「容易」・「余裕」とは負の相関を示した。また、左上頭頂小葉が「身体不安定性」と負の相関を示した。被験者自身と他者を分けた解析では、動的不安定条件でのみ脳活動に有意な賦活が認められ、両側前頭極、右前頭葉眼窩部、右視床下部、右扁桃体、左右島前部、右TPJを中心に有意な脳活動を認めた。主観評価との相関では、右TPJと「焦り」が正の相関を、「安全」が負の相関を示した。<BR>【考察】脳画像から、ヒトが自他を含んで共有する身体不安定性に対する運動制御の内部モデルとして、視覚、体性感覚、運動に関する領域の活動が関与していることが示された。また主観評価との相関から、運動野を中心とした領域が身体不安定性を否定的に認知していることが示唆された。また身体不安定性の知覚に関する内部モデルは、自律神経系・情動系の相互作用および自己の身体イメージに対する危機認知の高まり、さらにそれを制御する領域が関与しており、自己と他者を明確に区別していることが示された。<BR>【理学療法学研究としての意義】身体重心の制御が不安定な状況に関する脳科学的検討は、転倒などの危機認知に関するメカニズムを知る上で重要である。