パネル・上級委員会報告評釈

パネル・上級委員会報告等要旨

タイトル 595: EUの鉄鋼SG措置
カテゴリ GATT
SG協定
概要 EUの鉄鋼SG措置についてトルコが申し立てた事件。
パネルはGATT第19.1条(a)及びSG協定第4.1条(b)の違反を認めたがその他の申立国(トルコ)の主張は認めなかった。

本件のポイント
・予見されなかった発展の「結果」として損害を与える輸入増加が発生しているかと、損害のおそれが発生しているかについて、EUが十分な事実認定を行っていないことが違反認定の基礎となった。ただし、EUが事実認定を改めて行うことによって違法性が是正される余地を残しているように読める(事実認定について高いハードルを課したわけでは必ずしもない)。
・訴訟経済を繰り返し行使するなど、パネルが極めて抑制的な検討アプローチをとっていることが注目される。なお、トルコ医薬品事件(DS583)でも類似のアプローチがとられている。トルコはDSB会合においてパネルの抑制的なアプローチを批判している。
・紛争当事国は上訴手続として仲裁を利用することに合意しながら実際には仲裁を利用しなかったことが注目される(上記DS583との違い)。これに関連して、上述した通り本件パネルの違法認定はEUの事実認定の不適切性に依拠しており、EUが仲裁に上訴しても違法認定は変わらなかった可能性がある(上訴の代替として用いられる仲裁は事実認定の再検討には消極的になると推測される)。
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タイトル 591: コロンビアの冷凍フライドポテトAD措置
カテゴリ DSU
AD協定
概要 コロンビアの冷凍フライドポテトAD措置についてEUが申し立てた事案。

パネルの違反認定に対しコロンビアが上訴し、MPIA仲裁に上訴した。MPIA仲裁初めての事案。
MPIA仲裁がAD協定第17.6条(ii)の検討基準(standard of review)について詳細な検討を行っている点が注目される。
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タイトル 590: 日本の韓国向け産品及び技術の輸出関連措置
カテゴリ GATT
DSU
概要 2019年7月、日本は韓国向けのある種の産品及び技術について輸出管理を強化した。
2019年9月11日、韓国は本措置についてWTO紛争処理において協議要請を行った。
さらに2020年6月18日、韓国は本措置についてパネル設置を要請し、2020年7月29日、パネルが設置された。
パネル報告はまだ出されていないが、韓国がパネル設置要請で行っている申立ての要点をまとめ、簡単な分析を加えた。
なお、本分析は韓国の申立ての妥当性などについて判断したり、パネルの判断を予想しようとしたりするものではない。
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タイトル 583: トルコの医薬品関連措置
カテゴリ GATT
DSU
概要 トルコの医薬品関連措置についてのパネル報告及び仲裁判断の要点をまとめた。
本件パネル報告では、トルコの医薬品関連措置(ローカリゼーション要求など)のGATT第3条4項(内国民待遇原則)違反が認定された。トルコは本件措置がGATT第3条8項(a)号の政府調達としてGATT第3条4項の適用を免れると主張していたが、パネルは認めなかった。トルコはまた、GATT第20条(b)号及び(d)号による正当化を試みたが、パネルは認めなかった。
本件は、機能不全に陥っている上級委員会に代わってDSU第25条に基づく仲裁が利用された初めての紛争ともなった(MPIAではない)。
仲裁判断では、パネルのGATT第3条8項(a)号の解釈を一部誤りと認定したが、ローカリゼーション要求がGATT第3条4項に違反しているとの結論は支持した。また仲裁判断でもGATT第20条(b)号又は(d)号による正当化は認められなかった。

本件のポイント
・本件においては、パネルも仲裁人も検討対象を絞ることなどにより手続の合理化を図ったと評価できる。
・上級委員会に代わって用いられた仲裁人は、GATTの解釈についてこれまでのパネル・上級委員会報告を踏まえた解釈を行っており、上級委員会との継続性をある程度意識しているとみられる。ただ、(上級委員会が事実問題まで踏み込んで検討を行っているとの米国の批判をおそらく意識して)GATTの適用や事実の評価に関わる問題については検討を回避した。今後、WTO協定の適用や事実の評価が主たる争点となりうる紛争(たとえばアンチダンピング紛争)において仲裁人が同様のアプローチをとるのかが注目される。
・本件パネルによるGATT第20条(b)号の解釈は、これまでのパネル・上級委員会報告の解釈をおおむね踏まえているが、特にコロナ禍後注目が高まっている(医薬品などの)サプライチェーンの脆弱性に関する懸念を十分踏まえたものであったか疑問もある。
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タイトル 567: サウジアラビアの知的財産権関連措置についてのWTOパネル報告(上訴中)
カテゴリ DSU
TRIPS協定
概要 サウジアラビアの知的財産権関連措置についてのWTOパネル報告(DS567)の要点をまとめた。
※カタールのDSU第25条仲裁の提案を付記しました(2020年10月8日)。
本件は、サウジアラビアがカタールと国交断絶した際に発動した経済制裁のTRIPS協定違反について、カタールが申し立てたものである。
なお、本パネル報告はサウジアラビアによって上級委員会に上訴されている。
本件は、知的財産権に関するTRIPS協定第73条(安全保障例外)についてWTO紛争処理パネルが初めて判断を行ったという点で意義がある
物品貿易に関するGATT第21条(安全保障例外)についてはロシア通過制限事件でパネル報告が出されているところ、本件パネル報告におけるTRIPS協定第73条の解釈は、ロシア通過制限事件パネル報告のGATT第21条解釈をおおむね踏襲している。
ただ、ロシア通過制限事件パネル報告がGATT第21条の性質を明確にしなかった一方で、本件パネル報告はTRIPS協定第73条をTRIPS協定違反を正当化しうる例外条項として位置付けている。すなわち本件パネルはまずTRIPS協定違反を認定し、そののちにTRIPS協定違反がTRIPS協定第73条によって正当化されるかを検討している。
また、問題となっている措置と安全保障上の重大な利益との間に「説得力のある関係」がなければならないと述べたうえで、本件の一部措置についてそのような関係が認められないと結論している。「説得力のある関係」を求める解釈はロシア通過制限事件パネル報告を踏襲したものであるが、どのような場合に「説得力のある関係」を欠くのかを明らかにしたことは、安全保障例外の濫用防止という点で意義がある。
このほか、国際関係の緊急の存在について、これがパネルによって客観的に認定されるものか被申立国に裁量が与えられるかについて、本件パネルは見解を示さなかった。この点について、ロシア通過制限事件パネル報告は国際関係の緊急は客観的に認定されると判断しているところ、本件パネル報告は被申立国に裁量が与えられる可能性を残すものとなっている。
TRIPS協定第73条以外で注目されるのは以下の2点である。
・TRIPS協定第42条は、知的財産権の行使に関し民事上の司法手続を権利者に提供するよう加盟国に求めているが、サウジアラビアがそのような手続を提供しておらずしたがって同条に違反することを、本件パネルは状況証拠に基づき認定している。違法性を認定する十分な証拠があったか疑問が残る(サウジアラビアの上訴はこの点を問題の一つとしている)。
・TRIPS協定第61条は、「故意による商業的規模の…著作物の違法な複製について適用される刑事上の手続及び刑罰を定める」よう加盟国に求めている。本件パネルは、同条が、刑事手続に関する法を定めることのみならずそのような法がどのように適用されるかをも問題としていると解釈した。言い換えれば、本件パネルの解釈によれば、加盟国が刑事手続を適用すべき知的財産権侵害事案に適用しなかった場合には、刑事手続が適切に適用されなかったとして、同条の違反を構成しうる。本件パネルは、そのような解釈に基づき、サウジアラビアが刑事手続を適用すべき事案に適用していなかったとしてTRIPS協定第61条の違反を認定した。本件パネル報告のTRIPS協定第61条違反認定の結論は支持されるとしても、一般論としては刑事手続の適用について加盟国に一定の裁量が認められるべきところ、刑事手続の適用(又は不適用)についてどこまでパネルが踏み込んで検討すべきかは今後議論の必要があろう。
ファイル  567.pdf 32
タイトル 544: 米国の鉄鋼アルミ追加関税措置(中国申立て)
カテゴリ GATT
DSU
SG協定
概要 米国が通商拡大法232条に基づき賦課した鉄鋼及びアルミに対する追加関税措置のGATT違反が認定された。
米国はGATT第21条(安全保障例外)は自己判断規定であり同規定に基づく本件措置はパネルの検討に服さないと主張したが、パネルは米国の主張を認めず、本件措置はGATT第2条1項及び第1条1項に違反しGATT第21条によって正当化されないと結論した。
米国はパネル報告に対し上訴したが、上級委員会の機能不全により検討が行われる見通しは立っていない。
ファイル  544.pdf 29
タイトル 543: 米国の中国産産品に対する関税措置についてのパネル報告
カテゴリ GATT
DSU
概要 米国の中国産産品に対する関税措置についてのパネル報告(DS543)の要点をまとめた。
米中貿易摩擦に関連する措置のうち、米国が通商法301条に基づき発動した追加的関税措置の違法性が認定されている。
本パネル報告の主なポイントは次の通り。
1.WTO外でのディールの扱い
WTOの枠外で米中がいわゆる第一段階合意に至っていたことから、これによってパネルに付託された本紛争もすでに解決されたのかが問題となった。本パネルは、中国がパネル検討要請を取り下げていない以上、米中合意によってもパネルに付託された紛争が解決されたとは言えないと結論した。結論としては妥当であるが、米中貿易摩擦におけるパネル(を含むWTO紛争処理手続)の意義の限界を露呈することとなった。なお、この点についてはパネルがパネル報告の最後で若干の見解を述べていることが注目される。
2.GATT第20条(a)による正当化
極めて慎重かつ抑制的な検討を行っていることが注目される。たとえば、「全体的アプローチ(holistic approach)」が求められることを繰り返し強調し、(a)の措置に該当するかについて最終的な結論を出すまで予断を与えないよう配慮している。また、保護される「公徳」の被申立国にとっての重要性を考慮しており、何を公徳として保護するかについての加盟国の裁量を一定程度認めている。ただ、加盟国の裁量は無制限ではなく、問題となっている措置が公徳の保護を目的としていることを単に「述べる(articulate)」のではなく「証明(demonstrate)」することが求められている。本パネルが用いた検討基準(deferenceの程度)は従来GATT第20条(b)で用いられてきたものとGATT第21条で用いられてきたものとの間に位置付けられよう。
3.DSU第23条に基づく主張
過去のWTO紛争処理事例では、通商法301条はDSU第23条との適合性が問題となっている。中国もパネル設置要請の段階ではDSU第23条を挙げていたが、最終的なパネル報告ではDSU第23条は一切扱われなかった(中国が主張を取り下げたものと推測される)。
DSU第23条に基づく主張が取り下げられた理由として、中国自身も米国に対して対抗措置を発動しており、これもDSU第23条に違反していると米国に反論される恐れがあったことが考えられる(ただしWTO紛争処理において反訴の手続はない)。また中国は、通商法301条の対象となった中国の貿易慣行の問題がWTO紛争処理に付託されることを望んでいたわけではないという事情もあろう(仮に本件措置のDSU第23条違反が認定されれば、違法を是正するためには問題をWTO紛争処理に付託することが求められうる)。
4.今後の展開
おそらく米国は本パネル報告を上訴すると考えられるが、上級委員会は定員不足で検討を行えないため、本パネル報告が採択されることはない。また仮に本パネル報告が採択されたとしても、それが米中貿易摩擦の展開に大きい影響を与えたとは考えにくい。本パネルも暗に認めている通り、米中貿易摩擦については、WTO外での展開がより重要となっていると言わざるを得ない。
ファイル  543.pdf 24
タイトル 529: オーストラリアのインドネシア産コピー用紙アンチダンピング措置についてのパネル報告
カテゴリ AD協定
概要 オーストラリアのインドネシア産コピー用紙アンチダンピング措置についてのパネル報告の要点をまとめた。
本件では、オーストラリアがインドネシア業者から輸入されるA4コピー用紙に対して発動したアンチダンピング措置について、アンチダンピング協定第2.2条及び第2.2.1.1条の違反が認定された。
オーストラリアは上訴せず、採択されたパネル報告に基づきアンチダンピング措置を撤廃した。
本パネル報告の主なポイントは次の通り。
・本パネルは、全体的なアプローチとしてアンチダンピング協定の解釈について一般的な見解を示そうとしているように思われる。換言すれば、本件の対象措置であるA4コピー用紙アンチダンピング措置の違法性を判断するのに必ずしも必要のない解釈上の論点についても認定を行っている。
・上記と関連するが、パネルは、アンチダンピング協定第2.2.1.1条第1文の「通常」の意味について、輸出者・生産者の記録が同第2文の2条件を満たす場合、すなわち当該記録が「輸出国において一般的に認められている会計原則に従ったものであり、かつ、検討の対象となる産品の生産及び販売に係る費用を妥当に反映している」場合であっても、「通常」でない状況においては当該記録を無視することができることを認めた(どのような場合が「通常」でないかについては判断していない)。この点についてのパネルのリーズニングは十分に説得的ではないうえ、そもそも本件においてこのような認定を行うことが必要であったか疑問がある。
ファイル  529.pdf 5
タイトル 517: 中国の農産品関税割当制度についてのWTOパネル報告
カテゴリ GATT
その他
概要 中国の農産品関税割当制度についてのWTOパネル報告(DS157)の主なポイントをまとめた。
関税割当制度の運用について、一般的にはGATT第10.3条(a)の対象となりうるが、本件においては中国の加盟議定書(作業部会報告書パラ116)適合性が主な争点となった。
GATT第10.3条(a)に係るこれまでのWTO紛争処理判断(どちらかというと違反認定に慎重であった)と比べると、本件パネルはパラ116が透明性等についてかなり厳格な義務を定めていると解釈し違法性を認定した点が注目される。
2020年1月の米中合意では、本パネル報告の判断に基づき関税割当制度の運用を改善することが盛り込まれている。
ファイル  517.pdf 28
タイトル 512: ロシアの通過制限措置についてのWTOパネル報告
カテゴリ GATT
DSU
概要 本件では、GATT第21条(安全保障例外)についてWTO紛争処理パネルが初めて判断を行った。本パネル報告は、GATT第21条についてパネルが管轄権を有する(すなわちGATT第21条は完全な自己判断規定ではなく、問題となっている措置がGATT第21条に合致しているかパネルは検討を行うことができる)と認めた点で意義がある。
しかし、パネルのGATT第21条解釈の妥当性には疑問も多い。
・GATT第21条の性質を明確にしていない。GATT第20条は違法措置を正当化しうる例外条項として運用されているが、本パネルはGATT第21条をそのような正当化条項とは位置付けていない。
・本パネルは、違法性の有無を検討せずに、本件措置がGATT第21条の安全保障上の措置と位置付けられるかを検討している。上述した問題点とも関連するが、本パネルは、GATT第21条の安全保障上の措置と位置付けられる措置にはWTO協定が適用されないとみなしているようであるが、その根拠を十分明確にしていない。
・GATT第21条(b)(iii)の(iii)については客観的に評価される客観的な事実であるとみなす反面、(b)柱書の必要性の判断には加盟国の裁量(主観的判断)が認められると判断している。しかし、(iii)について加盟国による事実の評価に一定の裁量を認めるべき場合がありうるであろうし、逆に(b)柱書の必要性の判断についての加盟国の裁量が完全な自由裁量であるのかについてはさらに検討する余地があろう。
・本パネルがGATT第21条(b)柱書の「必要」性の判断について事実上加盟国の完全な自由裁量を認めていることは、同(b)の「安全保障上の重大な利益」が何かの判断については加盟国の裁量が信義誠実の原則によって制限されると述べていることとのバランスを欠くようにも思われる。「安全保障上の重大な利益」とは何かの判断を信義誠実の原則に従って行わなければならない(すなわち何が「安全保障上の重大な利益」であるかを説明することが求められる)のに対し、「必要」性があるかの判断に信義誠実の原則が適用されないのはなぜなのか、本パネルは説明していない。
・なお、DSB会合において、ウクライナやEUは、ロシアが安全保障上の重大な利益を十分説明していないとの懸念を表明している(WT/DSB/M/428)。
一般論として、安全保障上の措置についてのパネル検討は慎重であるべきで、その点本パネルが結論としてロシアの措置のWTO協定違反を認定しなかったことは総合的に見れば妥当であった。しかし、そのような結論に至る過程が十分に説得的であったとはいいがたい。
なお、サウジアラビアの知的財産権関連措置に係るパネル報告(TRIPS協定安全保障例外)(DS567)は、本パネル報告のリーズニングに一定程度依拠して判断を行っている。しかし、今後本パネル報告が引き続きGATT第21条の先例として依拠されるかは不透明である。
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