松沢裕作の補遺と弁明

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2018/04/03

2017年度活動報告

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【研究活動】
研究テーマ 近世・近代移行期村落社会史の研究/近代日本史学史
〔共著〕
『大人のための社会科 -- 未来を語るために』(有斐閣、9月。井手英策, 宇野重規, 坂井豊貴と共著)
〔分担執筆〕
『経済社会の歴史』
第1章、テーマⅠ、入門ガイド(中西聡編、名古屋大学出版会、11月)
〔翻訳〕
マーガレット・メール『歴史と国家』(
江下以知子、加藤悠希、小林延人、千葉功、鄭ニョン、中野弘喜、三ツ松誠と共訳。東京大学出版会、11月)
〔小論〕
「本省事業ノ目的ヲ定ムルノ議」の別紙について(小幡圭祐と共著、『三田学会雑誌』110(1) 75-91、4月)
「国民国家論と土地問題のあいだ : 牧原憲夫の近代史像・再考」『歴史学研究(956) 40-43  4月
「地域社会と民衆運動」、歴史学研究会編『第四次 現代歴史学の成果と課題 第2巻 世界史像の再構成』績文堂、5月)
「戊辰戦争の歴史叙述」(奈倉哲三・保谷徹・箱石大編『戊辰戦争の新視点 上 世界・政治』、吉川弘文館、1月)
〔口頭報告〕
「森林と村の明治維新」 The Meiji Restoration and Its Afterlives: Social Change and the Politics of Commemoration  、2017年9月15日   
「自由民権運動における憲法制定手続問題」、日本政治学会2017年度研究大会   2017年9月23日   
〔授業担当〕
歴史的経済分析の視点/社会問題Ⅱ/日本社会史a/研究会a・b/日本史史料講読a・b/経済史演習(大学院)
【学外活動】
国立歴史民俗博物館共同研究員/国際日本文化研究センター共同研究員

15:10 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2018/04/03

板垣退助と戊辰戦争についての補遺と弁明

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■最近、奈倉哲三・保谷徹・箱石大編『戊辰戦争の新視点 上 世界・政治』に、「戊辰戦争の歴史叙述」という小論を書きました。


■内容は二部構成です。一点目は、明治政府の官撰歴史書である『復古記』のうち、相当部分をしめる「外記」=戊辰戦争の戦記部分、の成立プロセスを概観したもの(いくつかの新知見が出せているはずです。二点目は、民権派の戊辰戦争認識について、『自由党史』(1910年)、『板垣退助君伝』(1893年)、「板垣退助言行略」(『自由新聞』1882年9月26日~)などに見られる、戊辰戦争における板垣の描き方を通じて論じたものです。とりわけ、板垣が会津攻城の際に「百姓や町人は藩のために戦わなかった」という経験を通じて政治参加の必要性を感じた、という論点について若干の追跡をこころみました。

■ところが、この点について、ちょうど校正刷と入れ替わりに、中元崇智さんの「板垣退助と戊辰戦争・自由民権運動」(『歴史評論』812号、2017年)が発表されました。このなかで、私が雑にあつかったこの論点を、中元さんはより精緻に追っておられます。
■中元さんの重要な指摘は、板垣の「会津攻城エピソード」が最初に公に語られたのは、1881年秋の東北遊説であった、と述べられている点です。この東北遊説は、かつて新政府軍の参謀として奥羽越諸藩と戦った板垣にとっては、東北地方との一種の「和解」的ポーズの提示であり、かつ、翌年の東海道遊説と合わせ、「軍事英雄から民権運動指導者へ」の転身をしめす意味があった、と論じておられます。

■中元さんの議論は、まず事実関係として、拙稿での会津エピソードの初出を管見のかぎり1882年秋としたものを、1881年秋までさかのぼらせるものです。また、板垣のカリスマ性を一貫して「軍事英雄」性に見ようとした拙稿、あるいは拙著『自由民権運動』(岩波新書)の視点に対して、脱「軍事英雄」の模索と、「岐阜遭難事件」が板垣のカリスマ性の転換をもたらしたという主張を対置するものと言えると思います。

■拙著、拙稿をお読みいただいた方に、あわせ中元さんの御業績をご参照くださいますよう、お願い申し上げます次第です。
14:36 | 投票する | 投票数(2) | コメント(0)
2017/08/28

『大人のための社会科』、参考文献の補足

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『大人のための社会科』(有斐閣)第3章「時代」ですが、参考文献として、朝尾直弘「「近世」とはなにか」(『日本の近世』1、中央公論社、1991年)もいれておくべきでした。この場を借りて補足いたします。




大人のための社会科 -- 未来を語るために
井手 英策, 宇野 重規, 坂井 豊貴, 松沢 裕作
有斐閣(2017/09/01)


16:00 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2017/05/31

2016年度活動報告

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【研究活動】
研究テーマ 近世・近代移行期村落社会史の研究/近代日本史学史
〔著書〕
『自由民権運動』(岩波新書、6月)
〔編著〕
『分断社会・日本』(岩波ブックレット、井手英策と共編、6月)
〔論文〕
「官有地・御料地と無断開墾問題-富士山南麓の場合」(『三田学会雑誌』109-1、4月)
〔書評〕
 「伊藤久志著『近代日本の都市社会集団』」(『国史学』220、11月)
〔小論〕
「問題提起 分断社会の原風景 : 「獣の世」としての日本 (誌上シンポジウム 分断社会・日本 : なぜ私たちは引き裂かれるのか)」(井手英策と共著、『世界』880、4月)
「コメント (2015年度公開シンポジウム「史学史上の黒板勝美 : 日米における新たな研究動向」)」『立教大学日本学研究所年報』14、8月)
「『近代日本のヒストリオグラフィー』の意図と達成」『史苑』77-1、2016年
〔口頭報告〕
「統治の思想と実務 ―明治地方自治体制の研究史から―」(政治思想学会2016年度研究大会 シンポジウムⅢ 政治思想研究と隣接諸学)
【学内教育】
〔授業担当〕
歴史的経済分析の視点/社会問題Ⅱ/ゼミナールa・b/日本史史料講読a・b/経済史演習(大学院)
【学外活動】
国立歴史民俗博物館共同研究員

23:18 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2016/07/31

戸長の世界と民権家の世界

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■6月に、『自由民権運動―〈デモクラシー〉の夢と挫折』を上梓いたしました。

■これまでわたくしの仕事の主たる部分は、幕末から明治前期にかけての地方制度や村落といった領域のもので、運動史を正面から手掛けたことはありませんでした。



■そんなわたくしが民権運動を研究することになった直接の経緯は、正直にいえば、『岩波講座日本歴史』でそういうお題を与えられたという、やや他律的なものなのですが、以前から運動史に関心がなかったわけではなく、そのあたりの経緯は拙稿「歴史のなかの自由民権運動」(『自由民権』28号)を御覧いただきたいのですが。
近現代1 (岩波講座 日本歴史 第15巻)
吉田 裕, 松尾 正人, 奥田 晴樹, 神山 恒雄, 松沢 裕作, 塩出 浩之, 鈴木 淳, 苅部 直, 谷川 穣
岩波書店(2014/02/20)
値段:¥ 3,456










■それはさておき。以下は、自由民権運動の研究に集中して取り組んでおもった感想めいたことです。

■これまでわたくしが研究してきた世界というのは、政府や府県から降りてくるさまざまな制度変更や新政策にふりまわされながら、そこには意味があるに違いないと信じて、一生懸命まじめに仕事をやる人たちのお話しです(とてもおおざっぱに言って)。ろくろくお給料ももらえないのですけれども、外からの命令と内での不平不満に挟まれながら、江戸時代よりだいぶ増えてしまったお仕事をこなさなければならないという、とてもしんどいお仕事をする人たち。その人たちは、江戸時代の名主・庄屋の役職を引き継ぐ人たちで、職名にはいろいろ変遷がありますが、代表的には「戸長」という職名で呼ばれる人たちです。その戸長たちの世界、あまりにしんどいお仕事ゆえに最後はなり手がいなくなってゆき、そうして制度再編が不可避になっていく、そういう世界をわたくしは書いてきました。

■最初の著書『明治地方自治体制の起源』を、私は、武蔵国比企郡下貉村というところの戸長、猪鼻明順の意見書(1874年)を引用することからはじめました。その意見書には次のような一節があります

今日国家忠臣義士と言うもの、村吏の義務を精勤するものに越るなし

「いま、国家の忠臣、義士の名にふさわしいのは、仕事をまじめにやっている村の役人、つまり戸長に他ならないのではないか」。自身戸長である猪鼻はこのように主張しているのです。戸長がまじめに仕事をしなければ、現在高校の教科書に出てくる明治政府の新政策、地租改正も徴兵制も学制も、ひとつとして動かないのですから、かれの言い分はまことにもっともです。

明治地方自治体制の起源―近世社会の危機と制度変容
松沢 裕作
東京大学出版会(2009/02)
値段:¥ 9,396




■ところが、自由民権運動に参加するひとたちは、こういう「まじめな戸長たち」とはちょっと違う。なんと申しますか、もうちょっと山っ気がある人たちなのです。たとえば、拙著でも引用しましたが、有名な福島の民権家河野広中は、1873年、副戸長という役職に任じられたとき、次のように思ったと回想しています。

嗚呼大丈夫を辱しむるも亦た甚しいのである。
(『河野磐州伝』)

「ああ、わたしのような立派な人間をバカにするのも甚だしい」と。いや、大した自信ですが、これまでまじめに仕事をする戸長たちの姿を見続けてきたわたしのあたまに浮かんだのは、「おまえいますぐ戸長に謝れ」という感想でした。国家忠臣義士の第一等を自認する戸長猪鼻明順が聞いたら何と言ったでしょうか。

■戸長は多忙で、しかも住民に頼られたり憾みを買ったり、とにかく大変なのです。たしかに彼らがまじめに働いたのは、広い意味での「明治維新」を支えた大きな要素でした(よかったか悪かったかは知りません)。だから、なんで彼らはそんなにまじめに働くのか、ということをずっと考えてきたわけです。でも、今度の本を書いて思ったのは、「みんながそんなめんどくさい仕事を一生懸命やるわけではない」ということです。能力もやる気もあり、もしかしたらチャンスもあるかもしれない時代に生まれあわせた人間のなかには、戸長なんてバカバカしくてやってられない、もっと派手に活躍したい。そんなふうに思ったひともいたんじゃないでしょうか。

■民権家がみんながみんなそんな人だったわけでもないでしょう。戸長がみんなまじめに仕事をしたわけではないように。しかし、これまでわたしがみてきた「まじめに仕事をする戸長の世界」は、おそらく明治前期の社会の半面でしかなかったんだろう。そのことは、なんとなく言えそうな気がしています。

■そんなわけで、この本は、これまでの私の仕事にくらべ、ずっと野心的な人たち、自暴自棄な人たち、そして殺伐とした空間、を描くことになったように思います。




22:00 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2016/03/18

2015年度研究活動報告

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【研究活動】
研究テーマ 近世・近代移行期村落社会史の研究/近代日本史学史
〔編著〕
『近代日本のヒストリオグラフィー』(山川出版社、11月)
〔論文〕
「修史局における正史編纂構想の形成過程」(『近代日本のヒストリオグラフィー』、山川出版社、所収、11月)
〔小論〕
「歴史のなかの自由民権運動」(『自由民権』28号、11月)
「近代日本村落論の課題」(『三田学会雑誌』108-4、3月)
「分断社会の原風景―「獣の世」としての日本」(井手英策と共著、『世界』880、3月)
〔口頭報告〕
「『近代日本のヒストリオグラフィー』の意図と達成」(公開シンポジウム「外国史家が読み解く『近代日本のヒストリオグラフィー』」、3月6日、於慶應義塾大学)
「コメント」(公開シンポジウム「史学史上の黒板勝美:日米における新たな研究動向」、12月19日、於立教大学)
【学内教育・業務】
〔授業担当〕
歴史的経済分析の視点
日本社会史a・b
ゼミナールa・b
日本史史料講読a・b
(大学院経済学研究科)経済史演習
【学外活動】
専修大学経済学部非常勤講師(ゼミナール)


15:15 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2016/01/11

経済学部でくずし字を教えてみて(2)

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経済学部でくずし字を教えてみて(1)の続きです。
■今年度は、春学期「日本史料講読a」では近代文書を、秋学期「日本史史料講読b」では近世文書をあつかいました。半期ごとの講義なので、どちらか片方だけを履修することが可能です。

■授業ではまず最初の回に、「文字と用語の基礎知識」と題して、くすし字に入る前に、正字、異体字、常用漢字、変体仮名といった文字の問題、それから「有之」「無之」「可有之」といった、主として返り読みをする基本的なフレーズを提示します。今年度まではざっとフレーズの解説をして終わってしまいましたが、おそらく短い例文などを付したほうが効果的でしょう。特に近世文書についてここで活躍するのが、『北区史 史料編 近世1』の解説「北区史資料編近世1を読まれる方へ」です。これは近世文書解読のハンドブックとして大変優れたものです。

■授業の流れは、史料コピー配付→宿題として受講生は各自で可能な限り読解→翌週の講義で一人ずつあててその結果を読み上げてもらいながら、こちらではパワーポイントをつかって史料画像と釈文を投影して答え合わせ、解説 →受講生は各自手元で自分の結果を修正→宿題回収、という形をとりました。こちらで添削はしません。パワーポイントは事後配布しないので、各自講義中に「自己採点」が必要、という仕組みです。なお、受講生には以下の二冊のうちどちらかを購入してもらい、講義中は手もとに置いてもらいました。

くずし字用例辞典 普及版
東京堂出版(1993/03/01)
値段:¥ 6,264

漢字くずし方辞典
東京堂出版(1993/03)
値段:¥ 3,780

■以下、現在課題と感じていることです。

■1)まず、先述の通り半期ごと開講である、という問題があります。春学期と秋学期を通してとった学生と、秋学期だけとった学生とでは、秋学期冒頭の時点でだいぶレベルに差がついてしまっています。これはカリキュラムの仕組み上やむを得ないことのようです。

■2)文意の理解と文章の理解のどちらに力点を置くか。もちろん意味が取れなければ史料を読んだことにはならないわけですけれども、どうしても「くすし字」の解説に傾きがちなことは否めません。また学生ごとに文語文法の習得度に差があることも致し方ありません。近世文書については結構な数の一般向け解説書があるのですが、近代文書についてはあまり類書がありません。以下のような本もありますが、これは主として知識人の書いたテクストを読解するための手引書であって、あまり経済学部の学生向けではないようにおもわれます。
日本近代史を学ぶための文語文入門: 漢文訓読体の地平
古田島 洋介
吉川弘文館(2013/08/08)
値段:¥ 3,024





■この問題を解決するためには、まず活字化史料を集中的に読んで、文意の把握を練習するのが良いと思うのですが、時間の問題と、上記半期ずつ開講の問題とで、充分な時間がとれませんでした。

■ちなみに、私が共著者となっている以下のような書籍もありますが、初歩からくずし字を教えるのに使うのは結構難しい、と思いました。むしろ、明治期の通史的な授業のテキストとしての使い道があるのでは、と思っております。

史料を読み解く〈4〉幕末・維新の政治と社会 (史料を読み解く 4)
鈴木 淳, 松沢 裕作, 西川 誠
山川出版社(2009/07)
値段:¥ 2,052



■3)いろいろなタイプの史料を読むのがいいのか、一種類の史料に集中したほうが良いのか。これは後者の方が字は読めるようになると思われるのですが、たとえば意味を取る練習として考えると出てくる言い回しが限定されてくるという問題があり、卒論テーマの多様性を確保するためにはいろいろな史料に慣れる方が良いのか、とも思います。

■4)近世史料にどれだけ力点を置くか。私は本来近代史出自の研究者ですが、一応組織的には近世史料教育もカバーすることを期待されています(多分)。一方、やはり経済学部で歴史をやる学生の大部分は近代史、しかもわりあい新しい時代を対象とした卒論を選びがち、であるようにみうけられます。春学期・秋学期を近代・近世(ちなみに初年時は近世文書を春にやりました)に分けるのが良いのかどうか、も悩みどころのひとつです。

■と、悩みは尽きず、これといった落ちもないのですが、こんな仕事をしております、という御報告の一端でありました。(了)


08:54 | 投票する | 投票数(6) | コメント(0)
2016/01/10

経済学部でくずし字を教えてみて(1)

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■現在の職場(慶應義塾大学経済学部)に異動してきてから、半期2単位ずつ、1年間くずし字を教える授業を担当しています(「日本史史料講読」a、b)。お前如きが字を教えるだと?という諸先輩の声が怖いですが、それはさておき。

■二年間やってみての感想です。以下述べるとおり、日本中の大学や古文書講座で同様にくずし字を教えておられる方とちょっと環境が違うのですが、それだけにご参考になることもあったりするかもしれません。

■学部3・4年生および大学院修士課程学生向けの講義で、着任当初はだいたい院生が来るのではと予想されていましたが、案に相違して受講者のほとんどは学部生(経済学部生)で、しかも当初予想されていたのより結構受講者はいました。わたくしのゼミ生には二年目からは必履修ということにしておりますが、その他の受講者がみな歴史系のゼミ生というかというとそういうわけでもないらしく、まあわざわざこんな選択科目に来るわけですから多少なりとも歴史に関心があるのではありましょうが、一人ひとり問いつめてみるわけにもゆかないので確認したわけではありません。「特に歴史を勉強しているわけでもない経済学部の学部生にくずし字を教える」というのは、どう考えればよいのか難しいところです。

■そもそも、自分が育った文学部日本史学研究室の環境では「日本史を勉強するのは当たり前」なのであって、しかも当時の環境では相当数の先輩大学院生がいましたから、字の読み方は教員から習うものではなく、院生が主催する研究会や、史料調査先でいきなり史料を渡されて読まされるというような形で教わったものでした。いわば、「くずし字環境に浸される」ことで覚えていきました。

■一方、私が目下担当している課題は毎週一コマ90分で(宿題は課すにせよ)、しかもこれといって歴史で卒論を書くわけでもない(そもそもゼミも卒論も必修ではない)受講生が対象である(このあたり、いわゆる「古文書講座」の受講者とも大きくことなるところではないかと予想します)、という点で、まったく状況がことなります。

■とりあえず、二年目を終えた時点で考えていることは、日本社会史(というのが私の主担当)ないし日本経済史で卒論を書く学生さんには、「卒論のテーマにふさわしい史料が読めること」を目標とせねばならず、少なくともその基礎ができているところまではもっていきたい。もっともこれが1コマ90分だけで全部できるか、というとちょっとむずかしいかもしれない。ゼミでの指導も含めて、ということになるでしょう。

■では、そうではない「一般の」(?)受講者に対してこの講義にどんな意義があるのか、というと、くすし字に限らず、「あるスキルを身につければ使える情報のソースはそれだけ拡大する」ということが伝わることが重要なんだろうと思っています。そして、情報源を拡大することは物事を正確に理解する助けになるのだということ、自分でソースが遡る、ということはその過程で意外な発見をもたらすものであって、そのためにくずし字を読めるというのはいくつかあるスキルのひとつなんだということです。

■これは歴史系の卒論を書く学生に対する目標と本質的には異なったものではありません。活字しか読めない学生と、くずし字が読める学生では、同じテーマをあつかえば水準に大きな差が出るのは言うまでもありません。

■そこで今年度(の前記に)多少重視したのは、公文書管理法やアーカイブズの話のごく基礎的なこと(まあ私自身基礎的なことしか知らないのですが)を説明したうえで、公文書を読んでみる、ということでした。具体的には国立公文書館所蔵「公文録」のなかのある一件を配ってみて、その一連の処理過程と文字解読とを並行して行うことで、「原文書を読むことでどれだけの情報が得られるか?」ということを提示しようと試みたわけです。政府の意思決定がどのように行われたのかを知るためには、時としてくずし字読解能力が必要である、ということを知るのはそれなりに社会科学を学ぶ学生にとっても意味のあることではあるまいか、と考えたわけです。

■長くなったのでつづきはまた ―つづきは具体的な授業の進め方と、現在悩んでいるポイントなど。です。
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2015/08/14

展示「昭和20年 -戦後70年の原点-」と閣議書のことなど

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■国立公文書館の展示、「昭和20年 -戦後70年の原点-」に行ってきました(8月29日まで)。いわゆる「終戦の詔書」の原本が展示されている(8月15日まで)というのが「目玉」です。

■すでに、佐藤卓己『八月十五日の神話』(増補、ちくま学芸文庫、2014年)によって指摘されているように、「玉音放送」の「8月15日」を「終戦」として記憶するのは問題含みの認識で(詔書、すなわちポツダム宣言の受諾は8月14日付け、降伏文書調印は9月2日)、戦後70年に終戦の詔書の原本を見にゆくというのにはいささか物神崇拝の気配がなくもありません。と思いつつも。


■明治期日本を主たる研究対象とする私は、国立公文書館自体に足を運ぶことは頻繁ですが、戦時期の公文書を見ることは滅多にありません。そんなわけで公文書の展示自体として、結構おもしろい。たとえば、幣原内閣期の閣議書をみると、各大臣が花押を記入する欄、「軍需大臣」とか「大東亜大臣」とかの欄の上に張り紙をして別の大臣名に直して使っています。閣議書用紙自体は印刷したものを廃棄はせず、そのまま使っていたのだなあと思ったりします。

■ところで、閣議書に各大臣が「花押」を据えるという習慣は今日まで続いていて、御存じの方も多いかもしれませんが、あれは少なくとも明治初期にはありません。明治初期の内閣レベル=大臣・参議の決定の際には、結構みなさん、現在で言うところの三文判風のハンコをつかっています。

■たとえば、こんな感じ。
佐賀県賊徒征討ニ付戦死ノ者招魂祭文ノ儀伺」(公文録明治7年17巻、本館-2A-009-00・公01031100)
「大臣」欄が「三条」(太政大臣)、島津(左大臣)、岩倉(右大臣)ですが、いずれもいまなら文房具屋さんで売ってそうな印面です。「参議」欄は、上から、伊藤博文、大木喬任、勝安芳、黒田清隆、伊地知正治、です。伊藤と黒田はやや凝っています。

■明治21(1888)年9月の「市制町村制」案を閣議で決裁した閣議書でも花押とハンコが混在しています。明治26(1893)年の「各省官制通則改正」(公文類聚・第十七編・明治二十六年・第七巻、本館-2A-011-00・類00637100)ではみな花押です。中野目徹「閣議書・解読のための予備的考察」(『近代日本地方自治立法資料集成』4、1996年、弘文堂)によれば、内閣制度導入当初はほとんどの大臣が印判を用いたが、しだいに花押によるものが増え、明治30年代にはほぼ花押に統一されて現在に及ぶ、とのことです。

■なんでこうなったのかよくわかりませんが、なんにせよ、「閣議決定で大臣は花押」というは別に前近代の伝統を直接引き継ぐものではないことは確かです。

■なお、現行の「閣議で花押」慣習にも確たる法的根拠はないようです。
レファレンス協同データベース「大臣が「花押」を使用しているが、就任時に作成する等の規定で何か決められているのか。

■これといって戦後70年と関連もしないとりとめのない話になりました。
14:52 | 投票する | 投票数(2) | コメント(0)
2015/03/25

2014年度活動報告

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【研究活動】
研究テーマ 近世・近代移行期村落社会史の研究/近代日本史学史
〔論文〕
「明治中期の大字・行政村・町村組合 ―静岡県駿東郡金岡村の場合―」(日本村落研究学会編『市町村合併と村の再編』、農山漁村文化協会、10月)
〔小論〕
「明治政府の正史編纂事業は史料編纂へと変質した」(『週刊 新発見!日本の歴史39 近代4 「国民」を生んだ帝国の文化』、4月)
「歴史を書くことの歴史」(『ニューサポート 高校 社会』23、3月)

【学内教育・業務】
〔授業担当〕
歴史的経済分析の視点
日本社会史a・b
ゼミナールa・b
演習a・b
日本史史料講読a・b

【学外活動】
専修大学経済学部非常勤講師(ゼミナール・ゼミナール(二部))
東京大学史料編纂所共同研究員

21:43 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
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