論文

査読有り 筆頭著者
2021年3月

分断都市マニラにおける「公共性」の地層:生活インフラストラクチャーとしてのジープニー

  • 西尾善太

記述言語
掲載種別
学位論文(博士)

マニラ首都圏では、フィリピン語と英語という言語の分断だけでなく、スラムと高層マンションといった階層に基づく空間の分断ゆえに、社会を改善しようとする共通関心の喪失、そして公共性の困難が指摘されてきた。先行研究が討議や公共空間の市民社会論的観点から公共性の喪失や困難を捉えてきたのに対し、本研究では日常生活に不可欠のインフラストラクチャー(以下、インフラ)を支える人々の社会関係・実践・ネットワークに注目し、既存研究の視点からこぼれ落ちてきた土着の公共性の在り方を描き出し、それが社会運動や新しい連帯の基盤となっていることを見出した。
インフラは、社会と個人の生活をそれぞれ支えることで「わたしたち」という集合性を生み出し、人々のあいだを媒介するメディアのような存在である。このため、インフラに着目することで、社会における媒介やコミュニケーションがいかに生み出されるかを捉える研究視角を得ることができる。本研究では、人々の社会関係や日常実践などが密接に結びついたインフラを生活インフラと呼び、事例としてマニラ首都圏の主要な公共交通機関である小型路線バス・ジープニーを取り上げる。
ジープニーは1945年のマニラ市街戦による荒廃のなかで生じた。この復興過程を文献・雑誌資料、インタビューを精査し、市井の人々が日常の必要に基づいて軍用車両を改造してジープニーを作り出したことを明らかにした(二章)。ジープニーの出現はまた、都市統治を目的とする植民地期の交通インフラとは全く異なる方向に生活インフラの変化をもたらした。このことを考察するため、ドライバーとオペレーター両者の参与観察を通じ、都市交通を支える社会関係と車両に対するメンテナンスを論じた(三章・四章)。そこではジープニーの運行に際し、両者の自律性と対等性を体現したバウンダリーシステムという車両賃貸契約の細部と、それがもたらす社会的帰結を議論する。自律的なドライバーは、競争と協働によって国家による規制をかいくぐり、賄賂によって飼いならしながら交通の秩序を彼らのやり方に再編してゆく。一方、ジープニーは競争的でカオスをつくり出すだけではないことが、共同性を基盤としながらも都市の多くのつながりを通じて中古部品が自在に組み合わされるという車両修理の事例から浮かび上がる。ジープニーを媒介とする広がりのある社会関係を通じて一台一台が適切に修理され、ときに三十年以上にわたって利用されるジープニーの耐久性が維持されることは、都市に生きる人々を支えるインフラへの集合的なケアでもあると解釈できる。そして、この運行とケアというミクロな生活インフラの形態が都市全域に広がる関係の網の目を構築しており、政治的行為としてのストライキを可能にしていたことを論じる(五章)。
このように、ジープニーの軌跡は、マニラ首都圏において人々が衝突と協働を繰り返し続けながら土着の公共性を作り出してきた。そしてこの公共性は、共同性と地続きでありながらも都市に関係の網の目を広げ、社会運動や新しい連帯のための基盤を提供している。

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