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風立ちぬ

宮崎駿監督の『風立ちぬ』、観てきました。感想は。。。ぐうの音も出ない程、打ちのめされました。宮崎監督の作品は私は『天空の城ラピュタ』から見始めたのですが、ラピュタで衝撃を受け、ナウシカで衝撃を受け、もののけ姫で衝撃を受け、千と千尋で衝撃を受け、今また『風立ちぬ』で衝撃を受けました。宮崎監督の最高傑作。。。とまで行くかどうかは分かりませんが、齢72にして新境地を開いた、とても印象的な作品でした。宮崎監督のクリエイティビティも老いてますます盛んのようで、今後も期待される作品です。

 

世の中にはジャンプ脳というものがあり、「友情、努力、勝利」をテーマにしておりましたが、最近は「運、血筋、才能」などの殺伐としたものにシフトしてきたようです。それに対して宮崎監督が今回示したベクトルは、そのどちらでもなく、地震や恐慌や戦争など現実に存在する混沌の中から主人公の行動と挫折を描いたものです。宮崎監督の描く「混沌」には独特のものがあり、ナウシカ(漫画版)から既に存在していましたが、アニメとしてはもののけ姫で垣間みられたあと、千と千尋で一気に開花します。この二作は完全にファンタジー作品でしたが、『風立ちぬ』は現実に起こったことをストーリーの背景に絡めながら、堀越二郎の人生や映像表現としてはファンタジー性を演出しています。夢の中の空軍や関東大震災のオドロオドロしいSE(効果音)などはそれを聴くためだけでも映画館に行く価値がありますし、震災の際の地面の揺れ方など、写実的であることを捨ててファンタジー性を演出した場面は多々あります。風の吹き方や飛行機の飛び方、美しい水田、日本の風景も実写や3Dでは不可能なアニメであることを生かした表現になっています。イタリア映画的な演出も所々で観られます。堀越二郎をエヴァンゲリオンの庵野監督が演じたのも、二郎の自分の奥底の感情をあまり表に出さない人柄と庵野監督のベタッとした台詞回しがよく合っていました。西村雅彦さんの黒川や西島秀俊さんの本庄もいい味を出していました。

 

野村萬斎さん演じるカプローニがオドロオドロしいSEと爆撃機を背景に出現した時は、『ファウスト』のメフィストフェレスか『魔の山』のセテムブリーニみたいな人物が現れたと思ったのですが、パンフレットには宮崎監督は実際にメフィストフェレスを意識していたと書かれていますし、『魔の山』に至ってはカストルプ氏という主人公そのままの名前でストーリー中に登場し、『魔の山』自体も何度か出てくるなど驚きました。三菱重工の重役や海軍士官の描写はコミカルでもありました。ちなみに零戦は最後にちょっと出るだけで、九試単戦を作ることがメインです。三菱の試作機IMF2 “の空中分解も出てきます。

 

宮崎監督はこの映画を戦争を糾弾するものではないとしていますが、主人公の堀越二郎の冒頭の夢の中でドイツ空軍が異形の者と化したオドロオドロしい物体に飛行機を撃ち落とされたり、カストルプ氏の反戦思想(『魔の山』で主人公が第1次世界大戦に参加するため山を下りるのと異なります)や二郎が特高に追われることなど部分部分では反戦のメッセージを読み取ることが出来、全体としては混沌をなしています。堀越二郎は成長してからは飛行機の開発以外は何一つ正しいことをしていません。妻の菜穂子を療養所から下に戻す事を容認したり、菜穂子の側で煙草を吸ったりキスをしたりすることは合理的な行いではありません。最終的には自分の夢で国を滅ぼすことに加担してしまった、とも言われています。ジャンプもののヒーローではない、この二郎こそは実は一般の人にとって自分を投影した姿になるのではないでしょうか。普通の人には「勝利」も「血筋、才能」もないのです。心の奥底ではいろいろ感じていても、自分の夢以外にほとんど構うことのないように見える二郎が破壊の先に行きついた地点こそ、善悪や正義と悪の区別が付きにくい混沌とした世界に住む我々の目指すべき地平ではないかと思われるのです。この映画こそが一般人にとっての『魔の山』の入り口であり、カプローニが最後に美味いワインを呑もうと言ったことに、救いのない無常観を只管噛み締める信念が伺えます。この信念を感じた時、私も映画館の中で迷いの中から魔の山へ至り、叶わないでも夢を追いかける凡人としての道を歩む気力が湧いてきました。そういった意味で、かなり新しいタイプのアニメ映画です。『行きて帰りし物語』も出てきますが、帰って来ても元通りの人物にはならなかった庶民の二郎、遂に帰ってこなかった上流階級の菜穂子も、『ホビットの冒険』の通りでした。

 

ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)
ゲーテ
岩波書店(1958/03/05)
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ファウスト〈第二部〉 (岩波文庫)
ゲーテ
岩波書店(1958/03/25)
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魔の山〈上〉 (岩波文庫)
トーマス マン
岩波書店(1988/10/17)
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魔の山〈下〉 (岩波文庫)
トーマス・マン
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ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)
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ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)
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