共同研究・競争的資金等の研究課題

2017年4月 - 2020年3月

アイステーシスの経験と公共性―倫理的なものと美学との相関性をめぐる基礎研究


配分額
(総額)
2,860,000円
(直接経費)
0円
(間接経費)
0円
資金種別
競争的資金

本年度は、昨年までの研究を継続し、アイステーシスと美的なものの概念にかんする現象学的テーマを展開した。とくに着目したのは、現象学におけるエポケーの概念と美学的な無関心性概念との連関である。フッサールの現象学的エポケーは、古代の懐疑論やデカルトの方法的懐疑とおなじライン上に、だがそれらを包括する批判的・学的観点をふくむものであった。しかしより広い意味において、世界をまえにした驚きにはじまる経験としてエポケーを考えるとすれば、そこには受動的で先意志的な次元にかかわるテーマがひそんでいるといえよう。エポケーとはいわば、「否応なく」おしせまってくる明証なのである。こうした広義のエポケーの延長において、本研究でとくに着目したのは、知覚経験の純化としてのアイステーシスの経験(美的・感性的経験)である。すなわちカントの無関心性の概念、詩的なものの経験、あるいはベルグソンのいうような、有用性と社会性の原理にからめとられた知覚を遮断し距離をおく態度(デタッシュマン)等々をその例としてあげることができる。受動的な不意打ちによって意志の停止がもたらされると同時に、美的な態度とアイステーシスの経験のただなかで、あらたに世界に目がむけられる。驚きとともに、住み慣れた日常の事物への気づきが生じ、だが同時に、人間的意味の被覆をとりさられた無意味性の世界が垣間みえる。そして日々の生活世界が脱文脈化され、世界における物と、世界内で生起する出来事とが、ことさらにわたしたちにおしせまってくるのである。わたしたちが美的なものを注視し、そのものに耳をすませるのも、そのようなエポケーの経験にうながされたからであろう。以上のように、これまであまり関連づけて論じられることのなかったふたつの概念の連関をことさらに主題化することで、美学上の新たな問題領域をうかびあがらせることにもなったと考えられる。その理由としては以下の点があげられる。前年度にエマニュエル・レヴィナスの哲学を研究対象にしたことにつづき、本年度はさらに包括的な視点から、現象学的思考と美学的反省との連関を問うことで、アイステーシスとその倫理性をめぐる主題をいっそう深化させることができた。そのことによって、本研究課題の大きな根幹部分がおおむね達成されたと判断している。具体的研究成果の公表も順調に推移しており、研究経費の有効な使用状況とともに、とくに大きな問題は見いだせない。以上から、完全とは言えないにしても、本研究はほぼ順調に進展していると評価できるであろう。本研究は、一応今年度で完結する予定であり、すでに公表した諸論考をはじめ、部分的に提示された思考を有機的に統合する作業がのこされている。具体的には、本研究に関連する全論考をまとめあげ、ひとまとまりの報告書に研究成果を統合することである。また当該学会において、本研究成果を発表し、公の場において批判的な議論に曝すことも当然必要になる。今年度は、美学会および日本現象学会における研究発表を予定している