研究ブログ

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学術研究員と大学院生を募集しています

学術研究員と大学院生を募集しています。大学院生については、経済的な支援制度がありますので、安心して研究に取り組む体制があります。

詳しくは以下の記事を御覧ください。

https://syst-funct-morphol.hatenablog.com/entry/2022/01/12/184333

https://syst-funct-morphol.hatenablog.com/entry/2021/12/10/134348

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麻酔と神経科学とボケとツッコミ

富山大学麻酔科学講座の廣田弘毅先生から著書を頂きました。

麻酔をめぐるミステリー」(2012年 化学同人)と「麻酔迷宮オデッセイ」(2018年 克誠堂出版)。

これらの本は医学生や研修医を対象に書いたということである。学生と教師の対話(ボケとツッコミ)で麻酔について学んでいくという形式で、とてもとっつきやすく、読みやすい。私は週末を使って一気に読んでしまった。どちらの本も同じ体裁をとっていて、

  • 全身麻酔の歴史
  • 全身麻酔のメカニズムについての学説の変遷
  • 実際の症例をもとにした謎解き
  • 著者の研究
  • 意識と麻酔についての最新学説
  • まとめ

という構成になっている。2018年の本では、扱っているトピックが変えてあったり、また2012年の本の後に更新された知見が追加されているので、2冊読むことで、私のような門外漢でもこの領域をより詳しく知ったつもりになれる。

歴史の項では、西洋で初めて全身麻酔を行った(とされる)人物の山師じみた側面が浮き上がってきて面白い。

全身麻酔のメカニズムの項は、多くの非医師の神経科学研究者にためになる項目である。全身麻酔は100年以上使われてきているが、その機序は不明である、というのは有名である。もちろん麻酔科学の研究者はそれを解明するために多くの研究を行ってきたわけで、2つの代表的な学説、細胞膜への非特異的吸着による膜特性の変化が重要であるという脂質説と、膜タンパク質に麻酔薬がはまり込むことによって膜特性が変化するというタンパク説の両者のせめぎあいの歴史が概観できる。最近の動向としては、タンパク説が優勢なようだが、脂質説に有利な証拠もでており、未だに決着はついていないようである。

実際の症例をもとにした謎解きの項は、推理小説や医療ドラマのパロディになっており、私のような門外漢は単にエンターテイメントとして楽しめるが、実際に臨床の現場でこういった状況にでくわしてしまったらさぞ大変であろうと思われる。

著者の研究を取り上げた項は、一見脂質説をサポートするように見えるデータが、研究の進展に伴い実はタンパク説により整合的であることが明らかになるエピソードや、全身麻酔をする前に患者さんに蒸しタオルを渡してリラックスさせることで麻酔が安定するという経験から、新たなin vitroの実験系を開発するに至る、というエピソードは研究の醍醐味であり、研究者や研究を志す人々に強く訴えるものがあると思う。

そして、最新の学説を取り上げた項では、話は麻酔にとどまらず、全身麻酔が抑制するもの、つまり意識が作られるメカニズムそのものに迫っている。脳内に動的に形成されるセルアセンブリが意識の本質であり、全身麻酔はこれを断片化させるという学説が取り上げられている。そして、近年次々に開発されている脳科学ツールでセルアセンブリを断片化させることができれば、現在の全身麻酔がもつ副作用である心血管抑制などが起きずに意識のみを消失させる、安全な麻酔が可能になるのではないか、という将来展望を示している。この項は近年の研究がうまくまとめてあって、意識研究に興味のあるが意識の研究者とは言い難い私のようなものにとって最適な取っ掛かりになっている。

まとめると、この2冊の本は医学生や研修医を麻酔科に導くのに最適な書籍であるが、同時に意識と麻酔の関係、あるいは意識の本態に興味のある人々にとっても面白く読める良書であるといえる。お勧め。

麻酔をめぐるミステリー麻酔迷宮オデッセイ

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富山大学 システム機能形態学講座の研究紹介

私達は世界のありのままの姿を感じ取っているのではなく、環境から私達の生存に重要である情報を選び取り、意識下・意識上でさらなる選別を行ったものを知覚している。この生存に重要な情報の選別のために、動物は置かれた環境に最適化した感覚器官や神経回路を有している。本研究室は感覚の中でも特に聴覚に注目して、環境音から動物にとって意味のある音を検出し、それを認知するに至るメカニズムを研究している。神経回路は特定の挙動を示す素子(ニューロン)が秩序だって互いに連絡することで意味のある情報処理が可能になる。そこで、個々の素子の機能特性を明確にするとともにそれらの神経回路配線上での位置づけを解明することが神経回路解明の基本戦略となる。

この戦略に基づき、いくつかの研究アプローチを用いる。

  • 遺伝子組換えウイルスベクターを用い、単一細胞レベルで神経回路の可視化を図る。
  • 電気生理学技法を用い、単一神経細胞の入出力特性(入力:音刺激またはシナプス電流、出力:活動電位発生様式)を明らかにする。
  • 機能イメージング技法を用いて、神経細胞集団の時空間活動様式を明らかにする。
  • 神経回路の個々の素子(細胞種)に特異的に発現する遺伝子を同定し、細胞種レベルでの神経回路の可視化や機能の操作を行うことで細胞種の機能解明を図る。
  • 特定の音情報処理に特化した動物とそうでない動物の神経回路構造を詳細に比較する。例として、超音波を発声し、反響音から空間を認知する反響定位能力を持つコウモリと、反響定位能力を持たない動物の聴覚神経回路の比較研究を行ってきた。

これらのアプローチを組み合わせることで、様々な種類の素子が織りなす神経回路網の詳細な構造と、その神経回路網によって抽出・分析される音情報を対応付けて解明することができると考える。これによって、以下に述べるような神経科学上の難問の解明に道筋をつけることができるだろう。

  • 騒がしい、無意味な音で満ちた環境下で、注目した話し手の発言を聞き取ることができる、カクテルパーティー効果の神経メカニズムの解明。
  • 難聴に伴って引き起こされる耳鳴りの発生機序と、これを改善するための神経回路の操作方法の開発。
  • 人工内耳という、内耳を電気刺激して聴覚を回復する方法が実用化されている一方、脳の聴覚領域の電気刺激(brain-machine interface, BMI)によって意味のある言語音を脳内に再生することはできていない。聴覚BMIの実現につながる、脳内でのコミュニケーション音声の符号化様式の解明。

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リモート環境のバンド演奏と多感覚統合についての雑感

2020年のゴールデンウィークは、バンド三昧であった。

といっても、実際に集まったわけではなく、兵庫と奈良と石川をつないで、オンラインの演奏を行ったのである!すごい時代になったものだ。ヤマハの運営しているNetduettoというサービス(無料!)を使っているのだが、実はこのサービスは2011年からあったというのだから驚きである。

そんなのはzoomとかでできるのじゃないか、と思う人もいるだろうが、それはうまくいかない。というのも、zoomのpreferenceを見てみるとわかるが、だいたい200msくらいの遅延があるので演奏にならないのだ。Netduettoではどうしているか、というと、演奏者に10ms程度のバッファ遅延を与えて再生することで、同期性を保っているのだ。10ms、というと、音の伝搬速度340m/sから見て3.4mほど離れたところで音が鳴っている、ということだから、広いスタジオやライブハウスとかではあり得る距離であるので、なんとか演奏できるのだ。

ここからは神経科学的な興味になる。

10msというのは、聴覚の時間弁別能から見て十分に大きく、Netduettoを介してエレキベースをラインで鳴らしていると、演奏したあとに音がなる感覚がある。興味深いのは、ベースの音からアタックが弱くなってパンチに欠けたようなボヨンボヨンしたような感じを受けるのだ。録音してきき直すとそんなことはないので、これは指先で弦を弾いたときの感覚が聴覚と統合されるかどうか、という現象なのではないかと思われる。つまり、通常時はベースアンプから出ている音に、指先からやってくるアタック音の感覚が統合されて、パンチのあるような音として(演奏者には)知覚されるということなのだろう。

ここで知覚に詳しい人は、そもそも感覚種ごとに時間分解能が異なるのにどうやって統合するのか?と疑問に思うかもしれない。例えば聴覚では時間分解能は1ms程度(だったと思う)なのに対し、視覚は30msほどであり、厳密にタイミングを合わせるのは不可能に思える。そもそも、光と音は伝搬速度が違うからそういう意味でもタイミング合わせは難しそうだが、実際は例えば10ms離れた人が手拍子するとき、手を合わせた瞬間に音が聞こえる(ように知覚される)。

現在わかっている知見では、感覚種ごとに時間統合窓というのがあって、その窓の中に入ってきた異なる感覚種の情報は同時に起こった、と解釈されるということらしい。異なる感覚種の間には「相性」みたいなものもあるらしく、産総研の人の研究によれば、味覚と嗅覚では時間窓の広さは500msほどなのに対し、味覚と触覚はもっと短いんだそうである(何ヶ月か前に講演で聞いたのでうろ覚え)。時間窓が広い組み合わせは相性が良く、同時に知覚される。かくして後鼻孔からやってきた匂いと舌で感じた味が統合されて「風味」となるわけである。

ベースの話に戻すと、触覚と聴覚の時間窓はおそらく十分狭く、10msでは「同時」と判定されず、指先の感覚がアタック音として統合されにくいのだろう。統合されなかった情報は別の「もの」として処理され、脳のプライオリティ判定機構(前頭葉にあるらしい)のようなもので不要と判定されたものは無視される。無視してくれるおかげで、出音が実際の演奏タイミングとずれていても適応して演奏することができるのだ。

これが顕著だったのは、ドラマーの演奏である。ドラマーはシンセドラムのV-Drumをつかって演奏していたのだが、ドラマーの手元でスマホを使って演奏を録音したものを再生したところ、結構ドラムパッドを叩いている音が大きく録音されており、それが出音とずれた上で混ざって再生されるので、録音されたものはわけのわからないことになってしまっていた。ドラマーは自分のパッドを叩いていた音を感じていたはずだが、それを無視することで、10msずれた音世界に適応していたのだ。実に興味深い。

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Journal of Physiology に掲載

新しい論文がJournal of Physiologyに掲載されました。

https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1113/JP279296

論文のデータである、細胞の顕微鏡写真が本号598(5)の表紙に選ばれました!

Journal of Physiology 2000 598(5) 表紙

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