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狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」

「狐が自ら歌った謡「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」」(以下、「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」と呼ぶ)の日本語訳テキスト(知里1978)を引用する。なお、行番号・アルファベット・記号は筆者によるものである。

 

1   〔A/〕ハイクンテレケ ハイコシテムトリ

2   国の岬、神の岬の上に

3   私は坐して居りました。〔/A〕

4   〔B/〕ある日に外へ出て見ますと

5   海は凪ぎてひろびろとしていて、海の上に

6   オキキリムイとシュプンラムカとサマユンクルが

7   海猟に三人乗りで出かけています。〔/B〕〔C/〕それを見た私は

8   私の持ってる悪い心がむらむらと出て来ました。

9   この岬、国の岬、神の岬

10  の上をずーっと上へずーっと下へ

11  軽い足取りで腰やわらかにかけ出しました。

12  重い調子で木片をポキリポキリと折る様にパーウ、パウと叫び

13  この川の水源をにらみにらみ暴風の魔を

14  呼びました。すると、それにつれてこの川の

15  水源から烈しい風、つむじ風が

16  吹き出して海にはいると直ぐに

17  この海は、上の海が下になり

18  下の海が上になりました。オキキリムイたち

19  の漁舟は沖の人の海と、陸の人の海との

20  出会ったところ(海の中程)に、非常な急変に会って波の間を

21  クルリと廻りました。大きな浪が山の様に

22  舟の上へかぶさり寄ります。〔/C〕〔D/〕すると、

23  オキキリムイ、サマユンクル、シュプンラムカは

24  声をふるって、舟を漕ぎました。

25  この小さい舟は落葉の飛ぶ様に吹き飛ばされ

26  今にもくつがえりそうになるけれども

27  感心にも人間たちは力強くて

28  この小舟は風の中に

29  波の上をすべります。

30  それを見ると私の持っている悪い心がむらむらと出て来ました。〔/D〕

31  〔E/〕軽い足取りで腰やわらかにかけまわり、

32  重い調子で木片がポキリポキリと折れる様にパウ、パウと叫び

33  暴風の魔を声援するのみに精を出しました。

34  そうしてる中に、やっと、サマユンクルが

35  手の上から、手の下から血が流れて

36  疲れてたおれました。

37  そのさまを見て私はひそかに笑いを浮べました。〔/E〕

38  〔E´/〕それからまた、精を出して

39  軽い足取りで腰やわらかにかけまわり

40  重い調子で木片をポキリポキリと折る様に叫び

41  暴風の魔を声援しました。

42  オキキリムイとシュプンラムカと二人で

43  励まし合いながら勇ましく舟を漕いで

44  居りましたが、と、ある時シュプンラムカは

45  手の上から手の下から血が流れて

46  疲れてたおれてしまいました。それを見て

47  ひそかに私は笑いました。〔/E´〕

48  〔D´/〕それからまた軽い足取りで腰やわらかに

49  飛びまわり重い調子でかたい木片を

50  ポキリポキリと折る様に叫び精を出しました。

51  けれども、オキキリムイは疲れた様子は少しも無い。

52  一枚の薄物を体にまとい、

53  舟を漕いでいます。そのうちに

54  手の下でその持っていた檝が折れてしまいました。

55  すると、疲れ死んだサマユンクルに

56  躍りかかりその持っている檝をもぎとってたった一人で

57  舟を漕ぎました。〔/D´〕

58  〔C´/〕私はそれを見ると、持前の悪い心がむらむらと出て来ました。

59  重い調子でかたい木片をポキリポキリと折る様に叫び

60  軽い足取りで腰やわらかにかけまわり

61  精を出して暴風の魔に声援しました。

62  そうしてるうちにサマユンクルの舵も

63  折れてしまいました。オキキリムイはシュプンラムカに

64  躍りかかりその檝をとって

65  勇ましく舟を漕ぎました。

66  けれども彼の檝も波に折られてしまいました。〔/C´〕

67 〔B´/〕そこで、オキキリムイは舟の中に

68  立ちつくして、烈しい風のうちに

69  まさか人間の彼が私を見つけようとは

70  思わなかったに、国の岬、神の岬の

71  上の、私の眼の央を見つめました。

72  今までやさしかった顔に怒りの色を

73  あらわして、鞄をいじっていたが

74  中から出したものを見ると、蓬の小弓と

75  蓬の小矢を取り出しました。

76  それを見てひそかに私は笑いました。

77  「人間なぞ何をしたって、恐い事があるものか、

78  あんな蓬の小矢は何に使うものだろう。」

79  と思ってこの岬

80  国の岬、神の岬の上を

81  ずーっと上へずーっと下へ軽い足取りで

82  腰やわらかにかけまわり、重い調子で

83  かたい木片をポキリポキリと折る様にパウ、パウと叫び

84  暴風の魔をほめたたえました。

85  その中にオキキリムイの射放した矢が飛んで来ましたが

86  ちょうど私の襟首のところへ突きささりました。

87  それっきりあとどうなったか解らなくなってしまいました。

88  ふと気がついて見ると

89  大そう好いお天気で、海の上は

90  広々として、オキキリムイの漁舟もなにもありません。

91  どうした事か私の頭のさきから

92  足のさきまで雁皮が燃え縮む様に痛みます。

93  まさか人間の射た小さな矢がこんなに私を苦しめ

94  ようとは思わなかったのに、それから手足をもがき苦しみ

95  この岬、国の岬、神の岬

96  の上を、ずーっと上へ、ずーっと下へ泣き叫びながら

97  もがき苦しみ、昼でも夜でも生きたり

98  死んだり、している中に、どうしたか

99  わからなくなりました。〔/B´〕

100 〔A´/〕ふと気がついて見ると、

101 大きな黒狐の耳と耳との間に私は居りました。

102 二日ほどたった時、オキキリムイが神様の様な様子で

103 やって来て、ニコニコ笑って言うことには、

104 「まあ見ばのよい事、国の岬、神の岬

105 の上を見守る黒狐の神様は、

106 善い心、神の心を持っていたから

107 死にざまの見ばのよい死方をしたのですね。」

108 言いながら私の頭を取って、

109 自分の家へ持って行き私の上顎の骨を

110 自分の便所のどだいとし、私の下顎を

111 その妻の便所の礎として、

112 私のからだはそのまま土と共に腐ってしまいました。

113 それから夜でも昼でも

114 悪い臭気に苦しんでいる中に私はつまらない死方、悪い

115 死方をしました。

116 ただの身分の軽い神でもなかったのですが

117 大変な悪い心を私は持っていた為なんにも

118 ならない、悪い死方を私はしたのですから

119 これからの狐たちよ、決して

120 悪い心を持ちなさるな。

121    と狐の神様が物語りました。〔/A´〕

 

「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」のあらすじ(大喜多2013)は次の通りである。

 

あらすじ

――狐の神が岬にいた。ある日外に出てみると海は凪で、漁に出ているオキキリムイとシュプンラムカとサマユンクルに会った。すると狐の神は悪い心を起こし、暴風の魔を呼んだ。すると、激しい嵐がやってきた。オキキリムイたち三人は必死に舟を漕ぐ。しかし、サマユンクルとシュプンラムカは力尽きて舟を漕げなくなってしまう。それでも、オキキリムイは一人で力強く舟を漕ぎ続けた。狐の神は悪い心を起こし、さらに、暴風の魔に声援し続けている。そこで、オキキリムイは蓬の弓で蓬の矢を番え、狐の神へ放つと、狐の神の襟首に刺さった。狐の神は、悪いことをした報いとして死んでしまう。――

 

「ハイクンテレケ ハイコシテムトリ」のキアスムスを、大喜多(2013)では以下のように示している。

 

A  岬に座する狐の神(出来事の前の様子)

 B  オキキリムイたちと出会う狐の神

  C  悪い心が出る狐の神→暴風の魔を呼ぶ

   D  力強く漕ぐ人間たち

    E  暴風の魔を声援する狐の神

     サマユンクルの手から血が出る

     ひそかに笑う狐の神

    E´暴風の魔を声援する狐の神

     シュプンラムカの手から血が出る

     ひそかに笑う狐の神

   D´疲れないオキキリムイ

  C´悪い心が出る狐の神→暴風の魔に声援する

 B´オキキリムイに殺される狐の神

A´耳と耳との間に座する狐の神(出来事の後の様子)

 

引用文献

大喜多紀明、2013、「知里幸惠の『アイヌ神謡集』に掲載されたカムイユカラにおける交差対句資料:アイヌ民族の修辞技法」『国語論集』、10、104-126、北海道教育大学釧路校国語科教育研究室。

知里幸惠、1978、『アイヌ神謡集』、岩波書店。