研究ブログ

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「スタイン地名データベース」をオープン

このたび、スタイン地名データベースをオープンしました。



このサイトは、すでに「東洋文庫所蔵」貴重書アーカイブでデジタル化した2冊の本をいわば「マッシュアップ」して作成したものです。

今回対象としたのは、オーレル・スタインの2冊の本です。まずInnermost Asiaという本には、シルクロード(タリム盆地)地域の地図がありました。次にMemoir on Maps of Chinese Turkistan and Kansuという本にはこの地域の地名索引がありました。本来これらはセットになっているべきものですが、実際の本ではバラバラになっています。決して使いやすくはありません。

今回これらを統合するとともに、地名索引としての使い勝手を向上させるため、地名を選ぶとその地域の地図を表示するようにしました。地図にはGoogle Mapsを利用しているため、自動的に拡大地図を生成するのも簡単です。こうして、ウェブ時代にふさわしい(?)マッシュアップ地名索引が完成しました。

余談ですが、このスタインという探検家は非常にきっちりとした仕事をする人で、各種の索引なども丁寧に作成して後世に残してくれています。100年前、探検に伴って生み出された膨大なデータを、彼はどうやって整理していたのでしょうか。考えただけで気が遠くなりそうです。これだけの膨大な情報を整理する類稀な能力があったスタインのことです。もし彼が現代に生きていれば、ウェブの可能性をいちはやく見抜いて嬉々として使いこなし、シルクロードの壮大なデータベース構築に取り組んでいたのではないでしょうか。

スタインならどんな情報システムを作るだろうか、そんなことを想像しつつ、我々が構築するウェブ時代のシルクロードデータベースも日々着実に発展しつつあります。
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2010年の「セイヨウオオマルハナバチ監視活動」がスタート

東京大学・農学生命科学研究科・保全生態学研究室が中心となって進めている「セイヨウオオマルハナバチ監視活動」が、本日から2010年の活動を開始しました。私が運用を担当しているセイヨウ情勢ウェブサイトにも、たったいま2010年の最新データが入ってきたところです。



この活動は、北海道における外来種「セイヨウオオマルハナバチ」の広がりを抑えるため、市民参加型モニタリングの手法を用いてセイヨウオオマルハナバチを防除することを目的としています。ウェブサイトを用いて参加者がリアルタイムで情報を共有できるようにすることで、情報と知識の共有を進めるとともに、活動をより効果的にしたいと考えています。昨年の春から運用を開始しましたので、今シーズンは2シーズン目となります。

ところで、セイヨウオオマルハナバチというハチ、多くの方にとっては馴染みがないかもしれません。というのも、このハチ、もともとヨーロッパに生息しているハチなのです。しかし温室トマトでの受粉に有用だということで、1991年から日本に輸入されるようになりました。当初からこの外来種のハチに対して、生態系に悪影響を及ぼすおそれがあるという指摘はされていましたが、温室から逃げ出したハチが野生化して広まり始めることで懸念は現実のものとなりました。そして今や、このハチは北海道のほぼ全域で目撃されるまでに広がってしまいました。

このような外来種の問題ではブラックバスやザリガニなどがよく話題になりますが、特に環境に大きな問題を与えるおそれがある生物は侵略的な外来種と呼ばれ、外来生物法に基づき「特定外来生物」に指定されています。セイヨウオオマルハナバチもその一つです。このハチによって具体的にどんな悪影響が懸念されているのかは、セイヨウ情勢ウェブサイトの解説マルハナバチたちに迫る危機~外来種・セイヨウオオマルハナバチの侵入・定着にまとまっています。簡単にまとめると、(1)在来種との競争、(2)寄生生物の繁殖、(3)在来種との交雑、(4)盗蜜などの悪影響が懸念されているのです。

こうした外来種は、いったん広まってしまうと防除はなかなか大変です。いろいろな方法が試されていますが、最も確実なのは人間が一個体ずつ捕まえていく方法です。しかし多くの場所で継続的に捕獲を続けていくためには多くの方々の協力が不可欠ですので、北海道各地の多くの方々に活動への参加をお願いしています。そのかいあって、毎年数万頭のセイヨウオオマルハナバチを防除できていますが、それだけ捕獲しても十分ということはなく、広がりを抑えるためには今後も長い戦いを続けていかねばなりません。

ただ参加者の方々が、セイヨウオオマルハナバチと間違えて北海道に以前から生息する在来種のマルハナバチを捕獲してしまうと、監視活動が逆効果となってしまいます。そこで種の見分け方や捕まえ方をみんなで勉強する講習会なども、いろいろな方が各地で開催しています(例えば防除会)。セイヨウオオマルハナバチを見分けるのはそれほど難しくはなく、私でさえも少し勉強するだけで見分けられるようになりました。ただ、ハチの体が汚れている場合などに紛らわしいこともありますし、場所によっては外見が似た在来種がいることもありますので、捕獲にあたっては細心の注意を払わなければなりません。

また外来種を防除する目的は、生態系を守るという点にありますが、これは別の言い方でいえば「在来種の命を守るために外来種の命を奪う」ことを意味します。セイヨウオオマルハナバチ自身には何の責任もないわけですから、監視活動にご協力いただいている方々でセイヨウオオマルハナバチの慰霊碑を建て、毎シーズン後に慰霊祭を開催しています。この点は外来種監視活動において大きな心理的障壁になるところで、私自身も北海道に行って防除をしたときにハチの命を奪うことの責任を感じました。ただし参加者の方々は、北海道の生態系を守るという意識を強く持って活動に参加されています。ご興味をお持ちの方は、セイヨウオオマルハナバチ監視活動への参加方法をお読みの上、ぜひ活動にご参加ください。

今年は特に日本では、外来種問題などを含む生物多様性に関する関心が高まることが期待されています。10月に名古屋で開催される生物多様性条約第10回締約国会議 (COP10)において、生物多様性の問題を議論するために世界各国の人々が集まってくるからです。そんな機会に日本の活動の一つとして「セイヨウ情勢」ウェブサイトを海外に紹介するため、本サイトの一部英語化が今年の課題となっています。

さて今回はセイヨウオオマルハナバチを取り上げましたが、マルハナバチ(bumblebee)という種は日本ではあまり馴染みがないかもしれません。むしろ日本で親しまれているハチといえばミツバチ(honeybee)でしょう。日本には在来種のニホンミツバチが生息していますので、はちみつを採るために養蜂がおこなわれている「セイヨウミツバチ」も、明治時代になって輸入された外来種です。ただしセイヨウミツバチは環境に悪影響を与える「侵略的な」外来種であるとはみなされていません。日本にはこわーいスズメバチがいて、セイヨウミツバチはスズメバチに対抗できないのも一つの原因です。ミツバチに関してはまたいろいろ面白い話がありますが、エントリが長くなってきたので、それはまた別の機会に。
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「台風なう!」をオープンしました

昨日夜、2010年の台風第1号が発生しました。今年も台風シーズンがはじまりました。ページの右側に表示しているブログパーツでも台風情報が表示されるようになりましたね。

さて、台風1号発生を記念して、昨日新サイトがオープンしました。その名も台風なう!です。



このサイトは、ツイッター(Twitter)ユーザの状況に応じた台風情報を返信するとともに共有するためのサービスです。

例えば、@TyphoonNowにむけて「東京都千代田区」と返信すると、

台風201001号 (OMAIS)、東京都千代田区から南南西に2550kmなう。

と答えてくれるという、まあそんなサービスです。「なんだそれだけか」と思うかもしれません。ただ、サイト名に「個人化メディアによる台風情報」とうたっているように、その目指すところはなかなか大きいのです。

これまでのデジタル台風、あるいはマスメディアによる台風情報は、3人称視点による情報でした。台風の位置を「フィリピンの東」と表現するのは、客観的に場所を指示する表現としては正確ですけれども、問題は「それは私にとって重大な情報なの?」ということなのです。@DigitalTyphoonによる情報が「わかりにくい」という指摘を人々から受けていた理由も、緯度経度という座標系に基づく客観的な情報が、自分中心(エゴセントリック)視点では必ずしも理解しやすいわけではない、という点にありました。

それに対してツイフーンで試みたのは、1人称視点による台風情報です。ツイフーンにおいて、@twiphoonに集められた「木が倒れたなう」というような情報は、「私」が目撃して何らかの強い感情をもった事象であるということが重要です。「木が倒れたなう」という言葉は、必ずしも客観的に風が強かったことを意味するわけではありません。しかし、たとえ主観的であってもそこに送信者の感情がこもっているがゆえに、他の人にとっても一定の有用性を持つ情報になるのです。

さて、3人称から1人称ときて、残りは2人称です。ということで、「台風なう!」では2人称視点のメディア、すなわち「あなたにとってこれは重要だ」という情報を届けるメディアを試みてみようと思います。「私からみて台風がどこにあるか」という情報を届けるためには、私と台風という2つの視点をうまく扱えなければなりません。またこれは同時に、従来のマスメディアでは扱えなかった情報でもあります。個別のユーザにカスタマイズした情報を届けることは、「マス」相手のメディアでは無理なのです。

そう考えると、この「台風なう!」にはいろいろな可能性があることがわかります。例えば現在の「台風なう!」は、台風がどこにあるかを計算するだけではなく、問い合わせ場所が「強風域」や「暴風域」の中にあるかを判定して「暴風域なう」とつぶやく機能も持っていますが、これもユーザにとって重要な情報を返答するという機能の一つです。さらにこのアイデアを発展させていけば、ユーザの現在地の状況にあわせてデータベースを検索し、「川が溢れそうなう」「通行止めなう」といった情報を返すことも将来的には可能になるでしょう。

とはいえ、ここで問題となってくるのが2人称メディアの独特の困難性です。世の中には1人称小説や3人称小説はたくさんありますが、2人称小説はほどんどありません。その理由は、2人称小説を破綻なく書くのが非常に難しいから。実は「台風なう!」もサイトとしては公開しましたが、いまだに返答ツイートの視点はきちんと統一できてないのが実情です。「台風なう!」で「なう」とつぶやいている主体は、いったい誰なのでしょうか?

例えば「なう」小考という記事では「なう」に関する言語学的な考察が展開されています。「なう」はどういう種類の言葉にくっついてもよいのか、使ってもおかしくない表現と不自然な表現はどうわけられるのか。コメントには「なうは一人称なのか」という疑問も取り上げられており、一人称に近い視点が感じられるほど自然な「なう」になるのでは、という議論もありました。こうした議論を踏まえれば、「台風なう!」で「なう」とつぶやく時には、その主体が誰であるかを明確にする必要がありそうです。

一つの可能性は、台風が「なう」とつぶやいているという解釈です。これはいわゆる「台風の擬人化」というもので、台風に何らかの人格を仮定してそこから返答を生成するやり方です。最初は私もこの方法でやるつもりでしたが、そのうち得策ではないと考えるようになりました。というのも、台風に意味のある人格を設定してそれに応じた返答を生成するのが、一言でいえば面倒なのです。おちゃらけ人格ではふさわしくないし、マジメ人格では面白くない。それで思い出すのが、現在は閉鎖されてしまった「台風ステーション」というウェブサイトに存在した、「台風にインタビューする」企画です。このコーナーでは、台風がインタビューを受けて現在の状況を面白おかしく(?)話すというスタイルを用いていましたが、あまり長続きしなかったのは、台風が発生するたびにいちいちキャラ設定するのが面倒だったからではないでしょうか?しかもこのスタイルには、視点を広げにくいし単調で飽きやすいという問題もあります。台風が「なう」とつぶやくという方向でうまくやるのは、意外に面倒かもしれないと考えを変えました。

もう一つの可能性は、情報を問い合わせた人が「なう」とつぶやいているという解釈です。すなわち「台風なう!」が返信した「東京都千代田区から南南西に2550kmなう」というツイートは、「(君は)東京都千代田区から南南西に2550kmなう(とつぶやく)」の省略形だと考えるのです。これはまさに2人称小説のスタイルで、直観的にはわかりにくいかもしれませんが、情報を問い合わせた人の代理としてボットがつぶやいているのだと考えれば、あながち無理な解釈とも言えないでしょう。しかしここで2人称小説の困難さにぶち当たることになります。こういうややこしい視点を破綻なく組み立てるのは私には難しすぎる。。。

ということで、いま自分からみて台風がどこにあるかがわかると面白いよね、という単純な思いつきではじまったプロジェクトは、進むうちに2人称という思わぬ困難に出会ってしまった感があります。ただこの問題をもっと整理すれば、そんなに難しく考える必要もないという結論になりそうな気もします。それに「個人化メディア」という方向性は、「参加型メディア」とならぶ「デジタル台風」プロジェクトの大きな柱に成長しうるものです。今後もいろいろな方向からこの問題を考察していきたいと考えています。
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2月~3月に2つのイベントに出展します

2月から3月にかけて、以下の2つのイベントに出展する予定です。もしご都合がつくようでしたら、ぜひ会場までお越しください。

まず、遷画~シルクロードを第6回ワークショップコレクションに出展します。



開催は2月27日(土)から2月28日(日)、場所は慶応義塾大学日吉キャンパスです。

こちらはこども向けイベントということで、文化財に関するウェブサイトを活用しながらこどもたちの創造力や表現力を刺激するようなプログラムを考えています。ただしこども向けイベントですので私自身は大して戦力にならず(苦笑)、せいぜい会場設営エンジニア兼イベント記録係というところでしょうか。。。他のスタッフの頑張りに期待しています。

次に、デジタル台風を今ドキッ♡のIT@御殿下記念館2010に出展します。


私が出展するのは3月10日(水)10:00-15:00、場所は東京大学本郷キャンパスです。

こちらは情報処理学会創立50周年記念全国大会ということで、これまでにない試みとして、イマドキのIT技術のデモを入場料無料でご覧いただけるイベントが企画されています。私は「デジタル台風:リアルタイム緊急情報基盤へ向けて」ということで、デジタル台風を中心とした台風プロジェクトのデモをおこなう予定です。こちらは大人向けイベント(?)ですので、私からご説明する予定です。他にも全国大会では興味深いイベントがいろいろあるようですので、詳細はウェブサイトをご覧下さい。

2つの全く異なるイベントではありますが、ご都合が許すようでしたら、ぜひお越しください。お待ちしております。
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シルクロード古地図Google Maps版オープン



シルクロード古地図Google Maps版をオープンしました。シルクロード地域の特にタリム盆地を中心とした古地図である、スタイン著「Serindia」と「Innermost Asia」の地図を、Google Maps上で現在の地図と重ねて閲覧するためのサイトです。この2冊の本について、詳細は以下のページをご覧下さい。
これらは100年ほど前に作られた地図ですので、決して最新の地図ではないのですが、遺跡などの場所が詳細に描きこまれていること、そしてこの地域の詳細な地図が今もって入手しづらいこと(新彊は軍事的に敏感な地域でもあります)もあって、未だにこの地域の研究においては最重要の地図という位置づけになっています。多くの研究者がこれらの地図を自分たちの研究の基盤地図として利用しています。

これまでこれらの地図は、地図で探るシルクロードにおいてKML形式(Google Earthでの閲覧に適した形式)で提供していましたが、今回は新たにGoogle Mapsでも閲覧できる形式に作り直しました。これで閲覧のためにGoogle Earth等をインストールする必要がなくなりましたので、誰でも閲覧しやすくなるとともに、他のデータとの連携も広げやすくなるというメリットがあります。

さて、これらの古地図の分析から、いろいろと面白いことがわかってきました。この記事では、地図の誤差を中心に紹介しましょう。

これらの地図は100年前に作られた地図ですので、当時の技術的な限界から地図に誤差が生じています。実は地図に誤差が生じていることも従来は未知だったのですが、我々の研究によって地域ごとに異なる誤差が生じていることが判明しました。さてここからが面白いところです。誤差の分布は地域ごとに異なるのですが、一つだけ、どの地域にも共通する誤差のパターンが見つかりました。どんなパターンかおわかりでしょうか?

実は、誤差は東西方向に大きく、南北方向に小さいというパターンが、どの地域にも共通していたのです。なぜそうなるのでしょうか?

現代のようにGPSで簡単に緯度経度を測定できる時代には想像できないことかもしれませんが、実は100年前の当時は、ある場所の緯度と経度を測定するのが非常に難しかったのです。そのうち緯度については、天体観測から緯度を測定する方法が着実に進歩を遂げており、そこそこの精度で測定できるようにはなっていました。ところが問題は経度です。経度は天文学的な方法では測定するのが困難なため、グリニッジ天文台との時差(あるいは経度既知の点との時差)から測定する方法が主に使われていました。しかし時差はどうやって測定すればよいのでしょうか?

一番簡単な方法は、グリニッジで正確に合わせた時計を現地に持っていく方法です。しかしこれも現代からは想像できないかもしれませんが、どこに持っていっても狂わない時計を開発するというのは、当時としては大変な難事業でした。特にシルクロードは砂漠地帯なので、昼は暑く夜は寒い。こんな激しい温度変化にも耐えて正確な時を刻む時計を開発しなければなりません。しかも携帯するためには、時計を小型化する必要もあります。それはほとんど不可能にも思える技術的挑戦でした。

つまり、精密な時計が入手できないから、時差を測っても誤差が生じてしまったというのが、緯度に比べて経度の誤差が拡大した本当の原因なのです。こうした事情については、「経度への挑戦ー一秒にかけた四百年」という非常に面白い本がありますので、ぜひ読んでみてください。どうして精密な時計の開発が国家的な重要プロジェクトだったのかが理解できると思います。

そしてこの問題は、無線電信の時代に入ってようやく本質的な解決へと進み始めました。要するにロンドンのビッグベンの音がリアルタイムで聞けるのなら時刻合わせは簡単なのですから、無線電信は決定的な技術と言えるでしょう。当時はちょうど無線電信の時代に入りかけたところで、この地図の作成にあたっても一部では無線電信を利用し始めたとの記録が残っています。タイタニックが無線電信で遭難信号を発し、皮肉にも無線電信の有効性を示したのが1912年。この地図が作られたのはそんな時代です。この技術を地図作成に利用するにはまだ早すぎました。

なお、上記のGoogle Maps版の地図は誤差を補正しないまま提供していますので、現在の地図とは正確には重なりません。誤差の大きさは数百メートルから30km以上に及ぶことがわかっています。そうした研究結果については出版物・メディアに随時掲載していきますので、そちらもご覧下さい。

この古地図の研究によって、現代では行方不明になっていた遺跡を再発見できることがわかったなどの成果もあるのですが、もう長くなりましたのでまた別の機会に。
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伊勢湾台風メモリーズ2009 - バーチャル版公開



伊勢湾台風メモリーズ2009 - バーチャル版を公開しました(お知らせ)。このサイトは、このブログでも昨年に何回か紹介した伊勢湾台風メモリーズ2009のシステムを、ウェブサイトでも体験できるようにしたものです。会場での公開から4ヶ月以上と、なかなか時間がかかってしまいましたが、その間に高潮データには特に重要な改良を加えました。詳しくは上記のお知らせをご覧ください。

このサイトでの動作は、会場版と画面構成や音は同じで、高潮を体験するための手順もほとんど同じです。ただしウェブサイトの小さな画面では、会場のスケール感を出すことができないのが心残りです。自分の目の前で水面が上がっていくのを自分の目で見る、という体感こそがシステムの鍵なのですが、そこだけは小さな画面に「移植する」ことが困難なのです。

上記の画像(左下)は、1.8mの人間のシルエットに対して4.49mの高潮が襲った状況を可視化したもので、人間の身長よりもはるかに高いところにまで水面が達していることがわかります。「4.49m」というのは人間の身長よりもはるかに高いのだなぁ、ということが一目瞭然に理解できます。このように高潮の高さと人間の身長の関係を理解するために、このサイトは使えるのではないかと思います。

が、問題は、小さな画面の中では、理解はできるとしてもそこまで、という点です。会場で同じことをやっても、1.8mの人間に対して4.49mの高潮という関係は変わりません。しかし会場では、この1.8mの人間があなた自身になります。ここが違いを生み出すところです。

この関係を会場で記録したものが実写型ハザードマップですが、シルエットを生身の人間に置き換えるだけでは、他人事という感覚はなかなか抜けないでしょう。その人間が自分自身だからこそ、あるいはそれを自分と置き換えて空想できるからこそ、この状況を自分事として体感できるようになるのではないでしょうか。それにはやはり、自分自身が入り込めるような空間がどうしても必要なのかもしれません。

このようにデータを体感できるような可視化・可聴化空間の構築は、今後サイエンスのいろいろな部分でも重要になってくると感じます。これはバーチャルリアリティなどの研究で以前から取り組まれてきた問題ですが、従来は一部の専門家のためのシステムに閉じていたような感もあり、今回は一般の方々を対象にしてみました。

「伊勢湾台風メモリーズ2009」プロジェクトはこれでひとまず完結ですが、他にも体感できたほうがよいデータはたくさんあります。台風情報に限っても、雨の強さとか、風の強さとか。私自身がやるかどうかはともかく、いろいろな試みが出てくるとよいなぁと思います。
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新幹線でリアルタイム気象レーダー画像を楽しむ



先週は出張で神戸に行ってきましたが、その時に新しい(?)新幹線の楽しみ方を発見しました。車窓から雨を観察するのです。

上の画像は最近オープンしたデジタル台風:リアルタイム気象レーダー画像(Google Maps版)をキャプチャしたものです。このレーダー画像は観測から数分遅れという程度の、ほぼリアルタイムのデータです。さて、新幹線の車内からネット接続して、最新レーダー画像と車窓の風景を見比べてみましょう。列車の現在地を地図上で探して、そこに自分がいるものと想像してみると、もうすぐ雨が降りそう、もうすぐ雨がやみそうということが、リアルに体感できることがわかったのです。

実際に私が移動したときは、静岡県付近と滋賀県付近で雨が降っていましたが、レーダー画像から予想したとおりに雨が降ってきて、強い雨雲の下では確かに強い雨になっていました。雲の動きと列車の速度とを考慮していつ雨が降ってくるかを予想すれば、現実世界を対象としたちょっとしたゲームのできあがり、という感じです。

まあこれは当たり前といえば当たり前のことで、自分の居場所に雨が降ってくるかどうかをレーダー画像で確認するのと本質的には同じことをやっているわけです。ただし新幹線列車は高速で移動するので雨の有無がめまぐるしく転換しますし、いろいろな場所で雨を体験できる点がよりスリリングです。列車の現在地が刻々と動く効果もあいまって、現実世界と連動する情報世界の面白さとその価値をより深く体験できたような気がしました。

新幹線という現実世界にどんな情報世界を組み合わせると面白くなるのでしょうか。大雨によって新幹線で足止めを食らった人と話したことを思い出しました。新幹線が止まるとみんな最新情報が欲しくなる。いつ列車は動き出すのか、いつ目的地に着くのか。そんなときに、車内の乗客がリアルタイムで情報を共有できるようなシステムがあると面白そうですよね。いわば「のぞみ1号乗客緊急Wiki」のようなもので、そこに乗客が入手した情報を次々にアップロードしていくのです。もちろんそれは「のぞみ3号乗客緊急Wiki」ともつながっているわけです。列車という閉じた空間でも、現実世界の情報を共有できる情報空間には役立つ点がありそうですね。

なお、車窓を見るだけでは現在地がわからないという人には、いまどこ?新幹線マップの併用をお勧めします。このサイトでの新幹線の現在位置は、時刻表の発着時刻と等速運動の仮定をもとに推定しているため正確とはいえませんが、それでもかなりの助けにはなります。

それでは、リアルタイムレーダー画像はなかなか便利ですので、ぜひ使ってみてください。
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「東洋文庫所蔵」図像史料マルチメディアデータベースに書籍を追加



久しぶりのエントリーになりますが、「東洋文庫所蔵」図像史料マルチメディアデータベースに新しい書籍を追加しました。今回は6冊を追加しましたので、合計で116冊、30,090ページになりました。

このプロジェクトは2003年ごろから始まった書籍デジタル化プロジェクトで、毎年数千ページずつ地道に増やし続けています。え、たった数千ページなの(笑)、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際のところ、高性能なスキャニングロボットを使えば、このぐらいのデジタル化は1時間もあれば終わるような量かもしれません。Google Books等の大規模デジタル化プロジェクトと比べたら、ウサギと亀というたとえも大げさなぐらいノロノロなプロジェクトではありますが、まあそれにはいくつか事情もあるのです。

まずデジタル化している本が貴重です。中には世界に数冊あるかどうかというレアな本もあるのです。そんな本をロボットに扱わせるなんてもってのほか、人間が丁寧に扱わなければなりません。次に本の中にある絵が細かく描かれている場合もあるため、本を壊さないように注意しながらできるだけ本をフラットに開いて、鮮明にデジタル化しなければなりません。そのために高精度のデジタルカメラを利用して撮影していますが、こうした作業手順ではどうしても一枚一枚の撮影に時間がかかってしまうのです。さらにデジタル化した後も、新たな情報を追加したりテキストを翻訳したりするなど、手間をかけたデータベースになっています。そのかいあって、シルクロードに関連する多くの研究者が利用する情報基盤に成長してきました。

さて、このプロジェクトでデジタル化した本はすべて著作権の保護期間が満了したものですので、万人が自由にアクセスできる形で公開できます。従来こうした貴重な研究資料は、図書館や所有者に許可をもらわなければ閲覧ができず、それが時には一部の研究者だけが研究資料にアクセスできるという不公平も生み出していました。かと思えば逆に、多くの資料は書庫に死蔵されたままになっているのも確かです。このような現状に対してウェブで資料を広く公開することには、どの研究者がどこにいても必要な資料にアクセスして研究を進められるという点で大きな効果があります。誰に許可するかという属人的な参入障壁を撤廃し、公平な立場でみんなが研究を競いあえるようになること、これがデジタル化とウェブ公開の最大の価値ではないかと考えています。

ただしこうした動きを進めるためには、著作権の保護期間がある時点できちんと終了することが必要です。日本の著作権の保護期間は、現在のところ著者の死後50年となっています。一部にはこれを70年に延長しようという声もあるようですが、安易に延長するとこうしたウェブでの学術資料の公開はストップします。現在でさえ、デジタル化すれば学術的に価値がある(しかも商業的にはおそらく価値がない)ことがわかっているのに、著作権の問題からデジタル化を断念した資料が数多くあるのです。著作権保護期間の安易な延長には、学術研究に対する負の影響もあるということを覚えておいていただければと思います。
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ツイフーン(Twiphoon)をスタートしました



7日早朝に、新サイトツイフーン(Twiphoon)をオープンしました。

これはTwitterを用いて各地の台風情報をリアルタイムに共有することを試みるためのサイトで、Twitterの既存の機能をうまく活用することで実現しました。同じ目的のサイトである台風前線などと同じく、参加型メディアを展開するeye.tcドメインで公開しています。

台風接近に間に合わせるために3-4日の突貫工事で構築しましたが、今のところはうまく動いているようです。ただし地図を使った表示などはまだ実現できておらず、今後の課題です。

また公開から1日たたないうちに、既に多くの方に台風情報をお寄せいただいており、今後の発展の可能性を感じさせる展開になってきたと感じています。

それでは台風18号も接近していますが、皆様に台風被害がないよう願っております。
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実写型ハザードマップ



このサイトでも何回か告知しました、伊勢湾台風50年事業伊勢湾台風メモリーズ2009ですが、おかげさまで盛況のうちに終了しました。

  1. 9月12日東京会場イベント報告
  2. 9月23日名古屋会場イベント報告
特に9月23日の名古屋会場は、まさに伊勢湾台風の被災地である名古屋での開催となりましたが、50年前の伊勢湾台風を昨日のことのように覚えているという大勢の被災者の方ともお話しすることができました。そのときの感想や意見などについては、上記のイベント報告をご覧下さい。

さてこの記事では、本イベントでの成果物の一つとなる「実写型ハザードマップ」についてご紹介します。

  1. 実写型ハザードマップ(東京会場)
  2. 実写型ハザードマップ(名古屋会場)

今回のシステムは、地図上で場所を選ぶとその場所で発生した伊勢湾台風での高潮を再現できるという仕組みになっており、会場にいる方々が目前で高まりゆく高潮の水位を見上げながら、改めて高潮の怖さを体験することを目的としていました。さて我々はそこから一歩進めて、高潮の水位を見上げる人々をさらに後ろの視点から写真撮影することによって、今度は人々と高潮の関係とが一目でわかるような画像を取得しました。さらにこれを地図上に並べていくと、高潮の中に人が入り込んだような形で、人の身体を基準とした相対的な高さとして高潮の水位を示すことができます。これが実写型ハザードマップの作り方です。

会場でシステムを体験して終わりというように、会場内で体験が完結してしまうのではなく、その体験をウェブ上にも引き出して集積していくことにより、体験の再構成から新たな意味を生み出していくことができます。そしてこれを会場ごとに作っていけば、どういう人々がどこの場所の高潮を見たかによって最終的な完成形態が異なってきますので、ハザードマップはその会場に固有の表現として現れてきます。いわば人々の参加によって成長する多様性に富んだハザードマップと言えばよいでしょうか。

とはいえ、この「伊勢湾台風メモリーズ2009」、今後の実演予定は残念ながらありませんので、今のところこれで終わりということになります。2日だけなんてもったいない、と言ってくださる方もいらっしゃいましたが。。。

ということで、このシステムを実演する場所と費用を提供していただける方、ぜひご一報下さい!会場の条件が厳しいことはご容赦いただきたいのですが、ぜひお待ちしております。
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